学会報告
物理関連3学会共同シンポジウム報告
主題:物理教育・科学教育の在り方を探る
―教育改善の取組みと課題―
田
中 忠 芳 鹿児島高等予備校
喜
多 誠 慶應義塾高校
毛
塚 博 史 東京工科大学
1.はじめに
2004年3月27−30日に九州大学箱崎キャンパスで開催された日本物理学会第59回年次大会において,3月29日午後,日本物理学会会場(九州大学)と応用物理学会会場(東京工科大学)とをインターネット回線で結び,上記主題で日本物理学会物理教育分科・応用物理学会応用物理教育分科会・日本物理教育学会による共同シンポジウムが開催された.日本物理学会会場の座長は,第1部:田中忠芳(鹿児島高等予備校),第2部・第3部:村田隆紀氏(京都教育大)が,応用物理学会会場の座長は,第1部:毛塚博史(東京工科大),第2部:喜岡俊英氏(東京理科大),第3部:鈴木恒則氏(東海大)が,それぞれつとめた.
プログラムの内容( *
は応用物理学会会場):
第1部
1) イントロダクトリートーク ―企画のねらい―
毛塚博史*,田中忠芳,喜多 誠
2) 日本の大学生の学力構造と教員の教育指導能力向上への取組み
―e-LearningとFDをめぐる最近の動向―
小野 博 (文科省メディア教育開発センター)
3) 高等教育における教育改善の取組み ―物理・応用物理教育とJABEE制度―
橘 邦英(京大工)*
第2部
4) 高校教育における教育改善の取組み ―授業評価システムによる授業改善―
長ア政浩(高知県教育委員会)*
5) 小中学校教育における教育改善の取組み ―地域と連携したFDの実践―
川勝 博(香川大教育)
第3部
6) 総合討論
2.講演の概要と討論の内容
1) イントロダクトリートーク ―企画のねらい―
物理関連3学会による共同シンポジウムが,関係諸氏の協力により4回目を迎えられたことが述べられた上で,各講演および講演者と座長の紹介,企画の趣旨説明があった.
2) 日本の大学生の学力構造と教員の教育指導能力向上への取組み ―e-LearningとFDをめぐる最近の動向―
日本の大学における教育重視への流れの背景について,大学入試の多様化と入学者選抜競争の緩和の結果,大学生の学力低下が問題になり,学力別クラス編成やプレイスメントテスト,リメディアル教育が注目されてきていること,2000年の大学設置基準の改正においても,教育力のある教員を配置することが望まれていることなどがあげられた.これを受けて,大学改革の課題として,多様化した入学者選抜方法の改善(教員の負担軽減)・整理,入学後の教育水準維持のためのプレイスメントテストとリメディアル教育の実施,海外の大学で実施する日本人教員向けのFD(Faculty Development)研修を含む教員の資質向上があげられた.
米国では次世代を担う学生の基礎学力育成にどのように取組んでいるか,について説明があった:米国では,高校1年生終了時の成績が優秀な生徒約2割を対象に,高校2年生以降,高校生対象の大学教養科目相当内容のAP(Advanced Placement)の授業と統一テストを実施することによって,大量のエリートを育成している.AP科目は,19学科35コースが14,000の高等学校で実施され,約100万人が統一テストを受験(2002年).経験を積んだ高校教員が研修等を受け,AP教員を担当する.APは,優秀な学生に更なる機会を与える,大学1,2年次の授業と高校での学習の重複を避ける,というねらいがある.利点として,APの修得単位が,高校の単位になる,大学入学時には高校成績(GPA)の評価に加算される,大学入学後の教養基礎科目の単位になる(大学在籍3年半で卒業可能)などがある.あるAP実施高校(L.A.郊外アーケディア高校)では,生徒数3,500人の約2割がAP受講生で,構成は,アジア系61.6%,白人27.9%,ヒスパニック&ラテン系8.6%,アフリカ系1.0%.高校卒業後,68%が4年制大学,31%程度が2年制大学にそれぞれ進学.毎年カリフォルニア州立大学への合格率は全米トップレベル.APに対して大学側は「高校の進学希望者に大学における学習がどのようなものかを知ってもらうと共に,高等教育を受けるための学習のスキルを大学入学前に身につけてもらうもの」(UCLA教育学部長)と評価.コミュニティカレッジ等では,学力低下への対応策として,プレイスメントテストの実施,リメディアル教育の充実,学力不足による退学制度(プロベイション制度)を行っている.また,高等教育のユニヴァーサル化を受け,米国では,高卒または18歳以上に高等教育を受ける機会を保証,入学後に標準化されたプレイスメントテストを実施,リメディアル教育(英語,数学,コンピュータリテラシ)の義務化,教養課程の成績だけで,よりレベルの高い大学への編入可能(編入協定),成績不振だけで退学措置などの方策をとっている(例えば,カリフォルニア州立大学フラトン校では,入学者3,400人に対し,英語と数学のプレイスメントテストの成績でリメディアル教育履修を義務付け,履修率はそれぞれ,英語51.1%,数学30.0%,英語+数学21.7%.1年後に中学もしくは高校レベルの一定基準に達せず,単位がとれずに退学する者が5.9%).
日本の大学における状況が示された:入学者選抜競争の緩和により,日本語力に問題があるがその自覚がない大学生が急増.そのため,アカデミック・リーディングやアカデミック・ライティングの訓練が必要となり実施されている大学も増えている.日本では文化的に退学措置をしにくいとすれば,プレイスメントテストに基づいてリメディアル教育を充実させるしかない.また,短期留学生受入れを文科省が奨励し,英語で授業をする必要性が増大,18歳人口の減少と入試競争の緩和に伴い英語を受験教科としない文系大学や生物を受験科目としない医学部が増加,日本人学生の学力の幅が増大,これらを受けて,日本の大学におけるFDへの関心は高まっている.2000年の大学設置基準の改正では,「研究」にかわり「教育能力や実践的能力」を従来以上に重視すること,採用選考などにおいてもこれらを具体的に評価することが必要,と明示された.
日本の大学生の日本語能力について,6,700人の大学生を対象に幼稚園児から大学生までのどの段階に位置しているかについて測定した結果が報告された:大学生の日本語力でどのような入試を行っているかが予想できる.国立大学・公立大学の学生には若干高校生レベルの学生はいるが,中学校レベルはいない.短大・専門学校は,2割が中学生レベル,6割が高校生レベルで占められる.私立大学は,短大・専門学校型から国公立大学型まで分布.中学校レベルの学生はほとんど推薦入試で入学している.入学後の客観的評価とそれに基づく教育が重要となる.
大学の授業を受けるためには高校レベル以上の日本語力が必要であるとした上で,ある私立大学工学部で日本語教育を行って得られた知見が報告された:それまで勉強をしてこなかっただけで,日本語の教育をきちんと行うとレポートを書けるようになる.できたことを褒められると学生に自信とやる気が出てきて,次へとつながっていく.日本語力を上げるということは,@学習スキルを身につける,A自ら考える力を養成する,B問題解決能力を育成することであり,より具体的には,実験手順を読んで理解すること,レポートの書き方を習得することである.これらは高校で行われていない場合が多いが,その必要性に気づいたときにトレーニングすれば,大学に入ってからでも遅くない.大学等の日本語専門教員がローテーションで毎回3人以上10回ほど授業を行えば,これらはできるようになる.ドリル型(論説文読解中心・従来型)学習では,文章の並べ替えなどを,正解を教えずにできるまで考えさせ,正解が出たらその根拠を質問する.こうすることで,じっくりと考察する力が養成される.アクティビティ型(ライティング中心・モジュール型)学習では,自分が作った文章(例えば,ゆで卵のつくり方)を相手に正確に伝える,ひらがな文を漢字かな混じり文に書き直す,事実か推測かを判定する,などを通じて,ライティングのスキルを身につけ,思考力を養うことができる.これらと統制群(テストのみ)との比較をすると,約25%の日本語力の向上が見られ,日本語に対する興味や学ぶ意欲が出てくる大学生が多く見受けられた.
20万人の中学・高校生対象に基礎学力調査を行った結果に基づき,日本の大学生の基礎学力測定のために開発されたプレイスメントテストが紹介された:日本語・英語・数学の基礎科目を対象に,調査結果を統計的にデータ処理し,難易度,識別率により問題項目を分類した.大規模な問題群をプールし,冊子によるプレイスメントテストを作成した.PC利用型プレイスメントテストを開発予定.大学へのプレイスメントテストの提供を行う(教科は日本語・英語・(数学)).問題冊子・マークシートはメディア教育開発センターが提供,分析費用は大学側が負担.「中学1年生レベル以下」から「高校3年生レベル以上」の各学年レベルで表示.英語は英検レベルでの表示(相関係数0.72以上)を検討中.実施時間は,日本語,英語とも,各1授業時間.結果は10日以内に報告.クラス分け,リメディアル教育の必要性判別に利用可能.現在,6国公立大学,1公立大学,25私立大学,6短期大学で実施予定.
英語力の現状について報告があった:中学3年生の段階で英検3級レベルは約20%.高校3年生の段階で英検準2級レベルは約20%.英語重点高校SELHiでも,普通クラスでは英検準2級レベルは数%.4年制大学で英検3級レベルが25%程度だが,学年が進むに従ってパーセンテージが減る(某私立大:1年35%,2年25%,3年13%).この10年間,高校入学時の英語能力平均値が落ち続けている.中学1年からコミュニケーション中心の英語教育が始まった学年で下がり,英語の授業時間を週4時間から週3時間に減らした学年で大幅に落ち込み,その後も下降し続けている.
英語リメディアル教育用教材の開発とその検証実験について報告があった:大学新入生の英語力の現状と学生の希望を背景に,英語の客観的な学力評価方法と学習環境・教育プログラムの準備が大学に求められている.検証実験は,大学,女子大,女子短大の計113人対象に,事前テストで英検3級以上には学習プログラム「University
Voices」のみ,英検4級以下には「英検ブリッジ教材」(英検5〜3級の過去問利用教材)+「University Voices」を用いて行った.学習時間は90分/回を,週3回×8週間の集中学習.学習支援(メンタリング)として,コンピュータリテラシ,英語学習内容,motivation持続などに対する支援を行った.e-Learningは,設備やコンテンツだけでなく,いかに時間を確保して学習してもらえるかが問題.教室を準備し,わかる面白さ,できる楽しさを体験できるまでは,最初は強制的にでも学習させる必要がある.やがて,面白くなると積極的に学習に取組むようになり,当然ながら学力は向上する.大学全体の問題として捉え,全教官が関わることが重要である.
質疑応答
○:日本語・英語・数学のプレイスメントテストで物理の研究や実験の能力を判断できるか.小野:全般的な基礎学力を見るために日本語・英語・数学のプレイスメントテストを行っている.より専門的内容を測定するには,専門学会と協力してあらためて開発する必要がある.○:強制的に学習させれば,一般的にその学習効果はあるはず.そこにe-Learningが必要な理由は.小野:e-Learningのよさはレベル別の学習とテストが行えるところにある.また,英語のe-Learningはかなり汎用性があり,紙ベースの学習よりも効果がある.
3)
高等教育における教育改善の取組み ―物理・応用物理教育とJABEE制度―
JABEEの目的・審査基準の視点からみた理工学系基礎物理教育の現状が述べられた.
まず,JABEE制度におけるプログラム認定の目的が紹介された:▼教育の質(社会が要求する水準)の保証,▼優れた教育方法導入の促進,教育の継続的発展,▼教育の評価方法の発展,教育評価の専門家(大学人+民間人)育成,▼教育活動に対する組織の責任と教員個人の役割の明確化,教員の教育に対する貢献評価の推進.
教育の質の向上と継続的改善のサイクルが示された:(社会とのかかわりの中で)教育目的・目標や水準の設定(Plan)→教育方法・評価方法の設定(Plan)→教育の実施(Do)→教育点検・目標達成評価(Check)→改善(Act).
JABEEの評価思想について述べられた:▼学習成果重視(どんな人材を卒業させているか),▼教育機関の証明責任(試験問題,試験結果,論文,作品等の提示),▼学習・教育目標の公表(社会・学生との契約),▼継続的改善の仕組み,▼国際的同等性(ワシントン協定).
JABEE認定基準とその詳細が示された:
基準1:学習・教育目標の認定と公開(Plan).
▼自立した技術者の育成…(a)地球的視点での思考力,(b)技術者倫理,(c)基礎・専門の知識と応用力,(d)専門的知識を総合した問題解決能力,(e)デザイン能力,(f)コミュニケーション能力,(g)自主的・継続的学習能力,(h)計画的な遂行と統括能力.▼特色ある学習・教育目標の設定と公開.▼社会の要求・学生の要望を考慮した学習目標の内容・水準.
基準2:学習・教育の量(Do)
▼単位数(124単位以上),▼学習保証時間(1,800時間以上)…人文科学・社会科学等で250時間以上,数学・自然科学・情報技術で250時間以上,専門分野で900時間以上を含む.
基準3:教育手段(Do)
▼入学・学生受け入れ方法(アドミッションポリシー), ▼教育手段(カリキュラム設計,シラバス,水準と達成度),▼教育組織(教員の数と質,FD,教育貢献度評価).
基準4:教育環境(Do)
基準5:学習・教育目標達成度の評価(Check)
基準6:教育改善(Act,Improve)
補則:分野別要件(物理・応用物理学関連分野)
1.教育内容 (1)基礎能力… (a) 数学,物理学,基礎実験,情報技術に関する基礎知識および基礎技術,(b) 上記を駆使して,課題を理解し,的確に解決して,内容を適切に表現し,正しく伝達できる基礎能力.(2)専門能力…
主要領域(物理・応用物理一般,物性・材料,物理情報計測,エレクトロニクス・素子)のうち,少なくとも1領域に関する下記の能力 (a) 各領域におけるプログラムの設定目標実現に必要な専門科目を系統的に習得した専門知識および専門技術,(b) 上記を駆使して,課題を探求し,的確に解決する能力,(c) 実務上の課題を理解し,的確に解決して,それらを適切に表現し,その内容を正しく伝達できる能力.
2.教員 教員団は,プログラムの設定目標に要求される本分野の関係する教育内容に関して,教える能力を有する教員で組織されていること.
分野別要件補足説明
A.基礎能力
▼数学(微積分学,線形代数学,ベクトル解析,物理数学),▼物理学(力学,電磁気学,熱物理学,量子物理学),▼基礎実験(実験基礎,力学,電磁気,光学),▼情報科学(情報基礎,コンピュータリテラシ).
B.専門能力
1.物理学・応用物理一般領域(応用数学,物理・応用物理学,力学・応用力学,電磁気学),2.物性・材料領域(物性・材料科学,固体物理学,物理計測工学),3.物理情報計測領域(物理計測・制御工学,光学・応用光学,信号処理・電子回路),4.エレクトロニクス・素子領域(固体物理学,材料工学,デバイス工学,電子回路工学).
京都大学の事例が紹介された:物理関係全学共通科目の分類(理科系向)は,従来教養部で行われていた物理学のほかに,リメディアル教育として物理学初習者向けに「初修物理学A,B」が設けられている.大学の物理と高校時代の物理との連続性について学生対象に調査した結果,「大きく飛躍した」+「少し飛躍」が大半で,「馴染めた」が1割強.物理系科目の成績評価(単位取得についての印象)について学生対象に調査した結果,「少し試験ができていれば(単位取得可能)」が約半数,「厳しい」が4分の1.理工系1回生配当の物理学実験のテーマは,力学(3テーマ),電磁気学(3テーマ),熱力学(2テーマ),光学(2テーマ),量子力学(3テーマ)からなり,内容が整備された.「物理学実験」で設定した目的は,「1.実験を体験してのより深い物理学の理解」,「2.実験技術の修得(知識・応用力・デザイン能力)」,「3.レポートの書き方の訓練(総括・コミュニケーション能力)」の3つで,「有意義だった」+「少し有意義だった」の割合は,1.が約85%,2.が約93%,3.が約90%.レポートは添削して返却している.「物理学実験」の学習状況は,実験前に指導書を「ほぼ毎回予習してきた」+「時々予習してきた」が約77%,指導書の内容が「大体理解できる」+「半分程度理解できる」が約90%,「物理学実験」を通して物理学に対する考え方に「変化あり(肯定的)」が約半数,約45%が「ほとんど変化なし」.物理学通論や物理学実験で論理的な思考を行うことが成績全体の向上につながる傾向にあるが,基礎的科目間での相関は必ずしもあるとはいえない.高等教育研究開発センター(全学)と新工学教育プログラム実施検討委員会(工学部)からなる教育改善システムをつくり,調査・情報収集,シンポジウム,FD,ポケットゼミなどを行っている.
科学・技術の能力開発における3つのステップをあげ,これらを妨げる原因が指摘された:▼豊かな好奇心(感性)を培う,▼基礎となる知識を理解・蓄積して対象を分析する,▼その総合によって総合的な思考(問題発掘・解決)ができる.これらのステップは,初等・中等・高等・生涯教育において短周期的および長周期的に繰返される必要があるが,その仕組みが破綻している.その原因は,過当な受験競争を含む教育システム,教員の資質・意識,家庭・社会などの人間環境にある.
企業における個人の能力と貢献度に関して,中心的アイデアを出せる人が絶対不可欠であること,仕上げる上で強力なもう一人のパートナーとチームメイトの存在が重要であることがあげられた.第一貢献人材の基礎能力と発想力について,貢献できる人は,元来,基礎能力が高く,発想が豊かで議論上手であること,また,発想力豊かな上司の存在が影響していることが指摘された.
最後に,日本技術者教育認定機構JABEEは,物理・応用物理分野での取組みを支援する評価システムの一つであるとの位置づけが示された.その上で,物理基礎教育における評価と改善において,▼特色をもちバランスの取れた教育プログラムの設定と公開・周知,▼教育プログラムごと特色を生かし継続的改善を支援する評価システム,▼初等・中等教育との連携,が重要であると言及された.
質疑応答
○:JABEEの認定基準はどれが重要か.橘:認定基準の中で最も重要なのはPlan.○:教育目標はそんなに多くないのでは.橘:基準1の(a)-(h)のどれに該当するかを考えながら,自分たちで目標を設定することになる.○:一般に,科目や担当者によって評価の基準が違うので,基礎的科目の相関がよくないのでは.橘:教官の教え方も学生の受取り方もまちまちであり,そのため相関もよくない.○:ドイツではほとんどが修士課程まで進むがあまり就職はない.橘:日本でも近い将来,修士課程の学力低下は起こるだろう.
4)
高校教育における教育改善の取組み ―授業評価システムによる授業改善―
谷岡博志氏から長ア政浩氏に登壇者変更.1. 授業評価システム導入の経緯,2. これまでの成果,3. 課題と問題点,4. 授業評価システム再構築へ向けて,の順に講演が行われた:
1. 授業評価システム導入の経緯
高知県では公立学校教育への根強い不信感があった.平成8年度,橋本大二郎高知県知事の2期目の公約として教育改革が掲げられた.「土佐の教育を考える会」が発足し,そこで生徒による授業評価の必要性が取上げられ,「県立高校授業評価システム検討委員会」がつくられた.平成9年度から平成13年度まで,第1期「土佐の教育改革」.研究指定校3校で実践開始.各教科「授業改善の視点―授業評価事例集」の作成・配布.事例集では,「線結び方式」,「授業改善視点表」,「授業改善採点表」,「質問紙によるアンケート」など,生徒からのフィードバックの方法が紹介されている.
平成14年度から5年間の第2期「土佐の教育改革」が始まった.学力向上を最大の課題とし,授業評価システムの状況調査,現状分析と今後の取組みの研究を行ってきている.平成15年度からは県立高校学力向上のための5か年計画「まなび21プラン」がスタートしており,▼「授業第一主義」キャンペーン実施,▼普通教科主任会の実施,▼学力向上対策ニュースレター「こうちハイスクール21」の創刊,▼ホームページの充実と情報提供,▼授業評価システムに関する調査・研究,▼学力向上フロンティアハイスクールでの実践研究,▼英語教員指導力向上研修での実践研究,が取組まれている.
2. これまでの成果
例えば,ある商業科教員による情報処理の授業は,ワープロ検定へ向けての決して楽な授業ではなかったが,生徒の目標達成感は大きく,授業の評価は高かった.また,ある英語教員による英語Tの授業では,新しい授業形態を導入したため1学期は厳しい意見が多かったが,授業を工夫しながら粘り強く継続したところ,授業の効果が見え始めた段階で評価が飛躍的に伸びた.これまでの成果として,@教員の意識改革,A校内の授業改善への取組みの変容,B授業そのものの変容,C教員が生徒を見る視点の変容,D生徒自身の意識の変容,があげられる.
まとめると,@授業評価の実施率は100%になり,授業改善のツールとして確実に定着した,A授業を評価されることに対する心理的な抵抗感がなくなった,B授業評価システムを活用した校内研修が実施され始めた,C生徒と教師が協働で授業を作り上げるという意識が育ってきた,といえる.
3. 課題と問題点
課題@ 実施方法の問題(形式的なアンケートに陥る,学習意欲向上につながる授業評価とは,保護者による評価の加味etc.),課題A フィードバックの困難性(評価結果の授業改善への反映が難しい,評価後の授業に変化がないと思う生徒が少なくないetc.),課題B 負のフィードバックの可能性(楽しい楽な授業を望む傾向,授業レベルを下げるなど生徒への迎合etc.),課題C 生徒の反応の多様性(生徒の学力の多様化,生徒の評価の妥当性・信頼性etc.),課題D 校内体制の問題(小規模校での研究協議体制,校内研修会の内容etc.),課題E 教員の意識(意識の一致,共通理解,学力観etc.).最大の課題は,授業が変わったという実感がないこと.「授業評価」だけで授業改善を図るのは限界があり,機能的なシステムをいかに再構築するかが重要.授業評価システムが機能しない原因として,@単発のアンケートが多く,体系的に授業を振返る機会にならない,A授業評価を声の大きさ等の指導技術面の改善にとどめていることが多い,B授業評価の結果から授業改善の手立てを導き出すことが難しい,C教育評価について参照できる専門的研究や先行事例が少ない,D授業評価システムに対する意識の二極分化,があげられる.
4. 授業評価システム再構築へ向けて
再構築プラン@ 継続性と計画性のある授業評価の実施(単発の授業アンケートを改め,アクションリサーチの導入により,教師が授業を進めながら生徒や同僚の力も借りて自分の授業への省察とそれに基づく実践を繰返し,次第に授業改善を行うことを目指す).
再構築プランA
学校評価や説明責任としての授業評価(授業評価を学校評価のサブセットとして利用,ティーチングポートフォリオの考え方を導入し質的評価を加味する).これらのプランのもと,「授業改善プロジェクト」英語教員指導力向上研修を行い,自ら力をつける方法を身につけてもらおうとしている.
再構築プランB
システム運用の工夫(コーチング(メンタリング)を導入し指導主事対象に研修,校内研修の充実を目指す).学力向上フロンティアハイスクール高知追手前高校の校内研修で,横溝氏(広島大)をメンターに迎えてアクションリサーチに取組んだ.
再構築プランC 研究と実践の融合(大学や教育センターとの連携によりアドバイスを得る,授業改善アドヴァイザが必要).
再構築プランD
授業改善に専心できる環境作り(「多忙」状況の解消,校務組織のシンプル化,企画研修専門分掌の設立).
今回の授業評価システム導入は,トップダウンには行わず自主性に任せた導入であった.人事考課に関係付けない,性急な成果を求めない,気長に授業改善を楽しむ,ということも大切ではないか.教員の,「独立宣言」としての,「自己実現」としての,「自己成長の喜び」としての授業評価システム.Teacher TrainingからTeacher Developmentへ,そして,教員文化構築の第一歩になればと考えて,再構築を行っている.
質疑応答
○:授業評価実施率100%までに教員の意識改革が必要であったと思われるが,それまでに,どのような反発が,どの程度あったか.長ア:当初から関わっていないので詳しい状況はわからないが,県立高校に対する根強い不信感が後押しとなり,さほど強い反発はなかったものと予想される.授業評価を年に1回だけという人も含めて100%.年に何回も行っている人はそんなに多くない.○:理科や物理のように,きちんとした理解やそれらを使いこなせること,実験を行えることが望まれる教科・科目についての議論はどうなっているか.長ア:授業評価の用紙は,最初同じ項目のものを皆が使っていたが,やがて各教科の特性に見合ったものに工夫されてきている.事例集の冊子も教科ごとに出されている.○:このような授業評価は小中学校でも実施されているのか.長ア:小中学校でもすべての学校で実施している.○:授業評価は大学でも行われてきている.当初は意識改革に効果があるが,次第にマンネリ化しその効果が見えてこないために先に進めなくなる傾向にある.何かいい手立てはあるだろうか.長ア:改善の成果が見えてこないということは,やはりある.そのために,先ほどの再構築に取組んでいる.○:学校の格差があると思うが,それに対する対処は.長ア:最初はどの学校も同じような項目で評価していたが,やがて学校ごとに項目を工夫している.また,アクションリサーチで出発点を授業の課題を把握するところに置き,plan-do-check-actionのサイクルで評価を行うことで問題は解決していくものと考えている.
5)
小中学校教育における教育改善の取組み ―地域と連携したFDの実践―
「何をしているか」,「何がこれを可能にしているか」,「どんな意味があるのか」について述べられた:
2004年2月18日の四国新聞に,「讃岐っ子の弱点に対応 新年度から『香川型教材』導入(県教委)」という記事が出た.香川県教育委員会が,理科に関しては,大学(2人:川勝,金子)と現場(7学年×6人=42人:理科教員)の協力で,生徒のつまずきやすい単元を分析・検討して自主教材を作成し配布する(1年間8回)というもの.教科は,小学校―理科・算数・国語,中学校―理科・数学・英語.これら3教科を重点教科とし,教材を作り,少人数学級できめ細かい教育を行う.全体を統括するのは理科の指導主事.愛知県犬山市でもこのような自主教材づくりの取組みが行われているが,県単位では香川県がはじめてである.
以前から,児童・生徒の学力に対する以上に,小学校教員の理科の指導力に対する危機感があった.6年程前,理科非専門の県内小学校教員全員に理科実験の研修を義務付けて行ったが,それでは追いつかない.より根本からの取組みが必要との認識から,よりよい教材を大学と一緒に作ることになった.「いい授業をしたい」という教員の願いに密着して,大学がサポートして教材作りと実践ならびにそのフィードバックを行おうというもの.
まず最初にしたのは,わかりにくい単元は,何がわかりにくいのかを分析すること.例えば,中学校理科の「圧力」.「『ピアノの足』,『画鋲』,『スキー板』のうち,圧力を大きくして利用しているものはどれか」と問うと(正解は「画鋲」),きわめて正答率が低い(35%).調べてみると,教科書には,「ピアノの足」と「スキー板」の例は写真付きで紹介されているが,「画鋲」でなくて「鉛筆」が載せてある.つまり,教科書に掲載されているものは“覚えている”がそうでないものは“覚えていない”.これでは考えて理解しているとは言えない.しかし,これをなくそうと教科書にない問題を作ろうとすると,小中学校の教員自身が大変嫌がる.教科書と指導要領の束縛は,予想以上に強い.また「圧力」は「力」と「面積」から「圧力」を定義し,3つの物理量を扱う.ここに難しさがある(力のモーメントや正弦波なども同様).このような2変数が関わる物理量の学習も,いずれ理解できるように,小学校低学年から段階的に養う必要がある.“難しいから省く”というだけでは,いつまでたってもできるようにならない.
香川型教材は,導入型,部分補充型,発展型,全体共通型などがあるが,教科書に欠落している重要な科学的概念や自然観育成につながる教材を調査し,補充的教材,発展的な教材として,できるだけ,これらに入れることを考えている.
「科学の祭典」と同様なフェスティバルを,香川大学が事務局を引き受けるなど中心となり,教育委員会や小中学校の教員と10年以上も一緒に行ってくる中で,相互の信頼感がうまれ,このようなことが可能になった.学習指導要領を批判するだけでなく,新しく教育内容を具体的に作っていくことも重要.中央で何か考えてすることも大事だが,息づかいの伝わる近いところで教育を作り変えていくことも大事.
Institute of
Physicsが作成しているTeachers
NetworkというポスターにHelp
and support is at handとあるとおり,英国物理学会は,教員のよい実践の共有,地方におけるinitiativeや教育活動をサポートしている.ポスター作成,講習会を通じての教材作り,郡レベルのグループでのactivity(例えば,力の系統図作成と指導法など)が行われている.
ロンドン大学のオズボーン氏に,多くの人に科学教育を行う必要性をたずねたところ,「common senseとしてscienceが必要」という答えだった.すべての人が科学することが可能になるためには,何が必要か.
戦後日本は,問題解決学習から系統的学習を経て,現代化の時代,そして科学リテラシーの時代を迎えた.科学リテラシーの教育の柱は3つあると思う:@参加型の事例研究重視の学習,A市民・専門家参加による知のネットワークによる学習,B基礎に立ちもどる学習(根拠を吟味).専門家と市民が共に科学することで,21世紀の新しい科学が開ける.
どうしたら,よい理科の授業をする教員を育成できるか.これは,よい授業作りの原則と同じである.知のネットワークによる参加型の教育内容研究体制を組織し,科学教育研究の根拠にさかのぼって教材づくりをする.こうすることではじめて,「よい授業をしたい」という教員の実践的な課題や願い,問題事例に,本格的に応えられるのではないか.
質疑応答
○:「浮沈子」などの実験を時間制約の中で行うのは大変かと思うが,時間設定はどのように考えておられるか.川勝:「浮沈子」は発展的内容なので,できればすればよい扱いである.大事なのは,「今はわからなくても将来この原理がわかるようにしたい」,「大切なことは,課外活動や選択授業でも,なんとか教えておきたい」という思いである.
6)
総合討論
各講演者から講演内容に対する補足説明が行われた後,両会場を結んで総合討論が行われた:
小野:米国とカナダで,英語でプレゼンテーションや授業を行うためのFDの研修を行っており,今年度から日本の教員にも利用していただけるよう3大学で準備している.参加者の専門と同じ専門のアドヴァイザがついて,ホームステイしながら4週間にわたり指導を行う.興味・関心のある方はご連絡いただきたい(Email: ono@nime.ac.jp).
橘:川勝氏の講演で地域のプロセスと連携することの重要性を認識した.小学校の教員はどちらかといえば文系であるのに対し,大学の教官は理系に専門化し過ぎている側面があるが,川勝氏が紹介された取組みはこのようなギャップを埋めることになるだろう.大学人の課題として受け止めた.
○:科学に対するmotivationをあげるために,小中高校の教員が大学の教員と一緒になって専門的内容を学ぶなどのネットワークを地域に作り,われわれもアドヴァイザ的に関わり理科に対する興味を引き上げていくことができるのではないかと思った.
川勝:以前,私は中学校や高校へ出かける機会が多かったが,最近は,小学校へ出かける機会が増えた.小学校の先生方は,理科の実験をしてみせると,とても感受性豊かにびっくりして喜ぶ(初めて実験を見た?).motivationをいかに上げるかというよりも,まずは一緒になって実験や学ぶことを楽しむことではないか.
鈴木:同じことを高校でモンキーハンティングの実験をしたときに経験した.実験をすることで得られる感激を,もっと学生や生徒に与えることが必要ではないか.
○:FDをやってきて良くなってきているように思えない.授業を良くしようとか教員の意識改革とかいうが,学生を手取り足取り指導していくことで,ますます受け身の学生を作ってしまっている.必要なのは,学生の側の意識改革を促すことではないか.
小野:大学で実験授業を行ってみると,優秀な学生には多少けなして反骨心を持たせてやらせる,一方,あまり自信を持っていない学生には,チャンスを与え,出来たことを褒めてあげる,ということが大切である.ところが,日本の大学は,これと逆のことをしている.学生たちは,大学に入る以前からこのような教育を面々と受けてきている.大学入学後,学生自身に気づかせる何らかの仕掛けをつくってやることが必要.それがリメディアル教育の基本にあるのではないか.
○:以前のように,言われなくても自ら学べるように,学生に変わって欲しい.昨今の,何でもかんでも学生のために準備してやるという,学生に対する大学側の対応は行き詰まっているのではないか.
小野:米国の大学でもそうだが,大学のユニヴァーサル化が起こっている.以前の,高卒者の10 - 15%が大学に進学していた時代とは違い,7 - 8割が大学に進学する時代になっており,大学全体として教育システムを考え直さなければならない.米国のように,学生のために何でも準備するが目標に到達しなければ退学させる,ということが日本では文化的に出来ないのであれば,日本の大学教育をあらためて考え直さなければならない.大学以前で勉強してこなかったから,あらためて大学で勉強するという考え方からFDが盛んになっているのではないか.
○:FDが行き詰まっているという指摘があったが,むしろ,FDを行き詰まるまでやっていないのではないか.FDと言われればFDだけ,授業評価といわれれば授業評価だけ,シラバスと言われればシラバスだけ,といった感じではないか.これらは別々に行われるものではなく,トータルなシステムとして機能するもの.以前は,「教育しないのがいい教育だ」というレベルに学生があったが,今はそこまで達していない学生が多い.とすれば,どうやってそこまで引き上げるかを考えなくてはならない.そのときに,FDをどのように機能させるかが重要.学生を評価することは難しい(1回の試験だけでは出来ない).プレイスメントテストを含め,トータルシステムとしてどのように学生を評価するか.また,物理や自然科学の教育を大学に入ってからするのではなく,小学校の理科や算数から段階的に行う必要がある.
○:教育学部で生活科関連の授業を教えているが,小中学校で感動的な自然科学が欠落し,教育力が弱くなっているという指摘があちこちで出されている.きちんと自然科学を教育できる教員に教育できるネットワークをつくろうとしたが,小学校の教員が集まらない.新潟では理科の研修の参加者がいない(小学校の教員の文系化が原因か?).このまま放置していると,まじめに理科を教育しようという小学校教員が枯渇してしまう恐れがある.学会レベルで知的ネットワークをつくっていかないと,日本の教育はそこから崩れていくという危機感を抱いている.小学校では生活科でなくて自然を教えたほうがいい,ということを学会レベルで声明を出すべき.また,小学校での理科の教育内容は,中学・高校とは分離されており,どうすればこれを立て直すことができるか.
○:高知県で,これまで教育改善されてきて,いまだ教育改善されていない教員に対して,どのように対応してこられたか,または,対応を考えておられるか.
長ア:各学校の自主性に基づいて実施されているので,教育委員会が何か指導するという仕組みはない.ただし,教員は採用年次に応じた研修が義務付けられており,その際,授業評価システムの評価を持ってきてもらい,教育委員会で指導主事とディスカッションするということはある.直接的に日々関わっているわけではない.
○:私が所属する高専では,自分の授業評価について感想文を書くことが義務付けられている.今年から,評価が5段階評価で2.5以下の場合は校長の前で説明すること,どのように授業改善すべきかを学生と対話する場面を持ち,教官と学生2名がその報告をすること,が付け加わった.また,公開授業を行っており,自分が見学したい授業を自由に見ることができる.教官間で意見交換をして授業改善につなげている.他の事例についても紹介して欲しい.
村田:高専は,4月から独立法人化されるのを受けて,評価を公表するということは,今後ますます行われるだろう.国立大学は,まだそこまでないかもしれないが,私立大学では,かなり進んでいるのではないか.
○:私が所属する私立大学情報科学部でも,全く同じ事を行っている.5段階評価で3点以下の授業担当者は“反省文”を書かされ,“反省文”がWeb上で公開されるが,それが授業改善にどの程度つながるかは先が見えない.今までのように漫然と授業をすることがないよう,圧力をかけられている.「その他」の欄に書かれた意見が,統計的な処理もされずに羅列的に書き出されるので,あたかもそれが評価のような印象を与える.管理する側が,それらを管理やmanagementのために利用している嫌いがある.専門家グループの視点や評価がそこに加味されなければ正しい運用と言えないのではないか.
長ア:管理のためだけに使うなど授業評価の使い方を間違えると,改善どころか“改悪”になってしまう可能性がある.易しくて楽しい授業は評価が高くなり,難しい授業は重要で力が付いていても評価は低いということも有り得る.生徒・学生の評価の力量や評価項目などの問題もあり,評価の点数だけで授業そのものの良し悪しは必ずしも判断できない.
小野:米国の大学の例では,評価ポイント分布の上位1割と下位1割をカットして,その残りを評価にまわすと,教員はかなり満足しているらしい.日本でも,各大学の教育センターのようなところで,どのような方法で評価すれば,教員も学生も満足のいく評価になるかを検討すればいいのではないか.
川勝:英国へ行った折,大学の教育学部で,評価についての研究結果のポスターが延々と貼られていたが,主体的に活動する人を育てる場合の評価は,自己評価が基本らしい.他から評価されるのは,そうされながら,本人が自己評価する力を付けるのがねらいとのこと.このことは重要である.
○:授業評価の結果をどのように共有するか.信頼の置ける同僚の間でそれを共有し,それらを定量的に分析し判断できるソサエティを自発的に作っていくことが重要ではないか.
鈴木: FDや授業評価,e-Learningは,これからの日本の科学教育や知の力を何とか伸ばそうとして取り込まれていると考えられる.効果的で適切な運用が望まれる.
村田:今回のシンポジウムは,物理関連学会のシンポジウムで教育委員会の方にお話しいただいた点,JABEEから小中学校の教師教育に関連したFDまで議論できた点,文科省メディア教育開発センターの小野先生から私たちが平生殆ど耳にすることができない日本語力や英語力に関する様々な試みをきくことができた点,これらの点でたいへん特徴的であり,この3学会共同シンポジウムは発展し成熟しつつあるという印象をもった.物理教育・自然科学教育の改善や発展のために,非常に広い視野をもって,これからも進めていかなければいけないという共通の認識が相当広い範囲に出来つつあるという気がする.今後,各学会でこのようなシンポジウムが開催されると思うが,このような観点を失うことなく継続していって欲しい.
3.おわりに
教育改善の取組みとその課題を主題に,物理教育ならびに自然科学教育の在り方を模索するシンポジウムであった.講演内容は多岐にわたっていたが,実はこれらは多様な側面を持ちつつ密接に関連しているということが,シンポジウムが進行する中で,あらためて明確になった.また,各講演に対して両会場の参加者を交えて熱心な質疑応答があり,総合討論でも活発に意見交換が行われ,教育改善の緊急性と重要性をあらためて認識させられた.これからの物理ならびに自然科学全般の教育改善へ向けて,実にさまざまな示唆を与えてくれるシンポジウムであった.
なお,今回の物理関連3学会共同シンポジウム開催にあたり,両会場の現地実行委員会をはじめとする関係諸氏に,準備段階から多大なご協力とご尽力とをいただいた.特に今回はインターネット回線を使用した初めての双方向シンポジウムであったため,回線の安定性確保など,関係各位には大変なご尽力をいただいた.あらためて衷心より感謝申し上げます.
また,本原稿作成にあたり,原稿を査読していただいた講演者ならびに関係各位に,心より感謝申し上げます.
日本物理学会「大学の物理教育」誌 (2004-2号)