学会報告
共同企画シンポジウム「日本の科学技術教育の将来をつくる」報告
田 中 忠 芳 鹿児島高等予備校
毛 塚 博 史 東京工科大工学部
喜 多 誠 慶應義塾高等学校
1.はじめに
2003年3月28−31日に東北大学川内キャンパスで開催された日本物理学会第58回年次大会において,3月28日午後,応用物理学会会場(神奈川大学)と日本物理学会会場(仙台国際センター)とをTV会議システムで結び,上記主題で日本物理学会物理教育分科・応用物理学会応用物理教育分科会・日本物理教育学会の共同企画シンポジウムが開催された.日本物理学会会場の座長は,前半:覧具博義氏(東京農工大工),後半:川勝博氏(香川大教育),応用物理学会会場の座長は,前半:鈴木恒則氏(東海大理),後半:岡島茂樹氏(中部大工)がつとめた.
プログラムの内容(*は応用物理学会会場)
(1) 企画のねらい
毛塚博史(東京工科大)*,田中忠芳(鹿児島高等予備校),喜多誠(慶應高校)
(2) 日本物理学会の教育への取組み
北原和夫(日本物理学会会長・ICU)
(3) 応用物理学会の教育への取組み
後藤俊夫(応用物理学会会長・名大工)*
(4) 日本物理教育学会の教育への取組み
霜田光一(日本物理教育学会会長)
(5) 会長討論会(参加者からの質疑応答も含む)
( 休 憩 )
(6) 企業からの将来の研究者・技術者養成教育への期待―ニュートリノ検出センサ開発に取組んで―
晝馬輝夫(浜松ホトニクス)*
(7) 新学習指導要領物理で高校生は何を学んでくるか
兵頭俊夫(東大院総合)
(8) 総合討論
2.講演の概要と討論の内容
(以下,JPS:日本物理学会,JSAP:応用物理学会,PESJ:日本物理教育学会
を表す)
(1) 企画のねらい
3学会共同企画シンポジウム開催の経緯と,継続することの重要性ならびに必要性が述べられた.
(2) 日本物理学会の教育への取組み
まず,物理教育の意義として,@科学技術立国のための基礎学問,A文化:物理学の知見による世界観・物質観・宇宙観,B物理学の方法論(分析的・総合的・因果関係・モデル化・定量化など)の他分野への波及効果があげられた.滝川洋二著「どうすれば理科を救えるのか」が引用され,@英国物理学会主催の Paperclip Physics,A国家事業として行われるScience Week,B義務教育理科の授業時間数の日英比較が紹介された.物理学の方法論についての議論が既に,EUPENで行われており,「中等教育にける物理学のミッション」の中に「物理学の教育は,狭い意味での物理学に留まらず,その分析的思考は広い知的活動に寄与するものである」とあることが紹介された.また,Feynmanの言葉”Nature
does not read textbooks of physics, chemistry, biology etc. separately.”とともに,物理学的な思考が数学や英語などと同様に国民の素養であるべきだという考え方が示された.JPS物理教育委員会のこれまでの活動として,◇高等教育・中等教育における物理学教育の検討,◇「大学の物理教育」誌の刊行,◇高校生向けセミナー,◇公開指導,◇科学教育政策に関する検討,◇JABEE,◇高・大連携,が紹介された.
学習指導要領の中の「基礎科目」について,以下のコメントがあった:「理科基礎」…自然観,見方・考え方(question-oriented),「理科総合A」…資源とエネルギー(物理・化学)を総合的に見る見方・探究能力(skill-oriented),「理科総合B」…多様な生物と自然(生物・地学)を総合的に見る見方・探究能力(skill-oriented),これらの位置付けが曖昧.この曖昧さが大学入試センター試験(以下,センター試験と略す)の選択の仕方に現れている.同試験の実施予定では「物理T」と上記「基礎科目」とが同じ時間枠に置かれ,そのうちから1つ選択になっているが,これは「基礎科目」の一つが必修であるという考え方と矛盾する.これに対してJPSや各大学から意見書が出された.また,「数学基礎」は「理科基礎」と同じ考え方でできているが,日本数学会は“「数学基礎」をセンター試験で課するには時期尚早である”という意見を出しており,これは理にかなった考え方である.
次に,「教育におけるpeer review」について報告が行われた:◆大学評価のために既に「大学評価・ 学位授与機構」,「大学基準協会」がある.◆日本物理学会も JABEEを推進しているが,これは科学者・
技術者による教育のpeer reviewにあたり,審査を受ける側も審査をする側も共に教育改善につながる.科学研究費の審査はこの線上にある.◆欧州では既に国境を越えた物理学科のpeer
reviewが行われており,Socrates計画と連動している.
2003年3月25−27日に文科省主催で行われたSSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)の交流会の報告があった:全国のSSH26校から生徒4名と教師2名ずつ参加して合宿.4テーマについて各26名で4組に分かれてグループ研究し,それを自分たちでプレゼンテーション.若者・教員の交流が重要であると実感した.
今後,私たちは,◆科学ニュースに関心を持つようにし,新しい知見やexcitement
を教育の場に持込むべきだ,◆物理学が,生物,化学,工学の下に隠れて見えにくくなっている状況があり,物理を教える際に伝統的な物理系だけでなく,ホットな科学技術や身近な現象を使って物理を教える必要がある,◆20世紀の物理を前提とした教育の可能性があるのではないか,といった提言があった.また.学会の課題として,◇2005年国際物理年への取組み,◇物理グランプリ,物理オリンピックへの取組み検討,◇More
women in Physics(girls in Physics),があげられた.
(3) 応用物理学会の教育への取組み
まず,JSAPの教育への取組みに関する基本的な考え方が述べられた:20世紀後半,日本の科学技術,産業,経済は大きな発展を遂げてきたが,近年は産業の空洞化や技術の国際競争力低下が進み,国全体として大きな転機を迎えている.この状況を克服し次の発展を目指すために,現在,新しい科学技術の創生と新産業の創出,それに関わる人材の育成が強く望まれている.しかしその一方で,日本の若者の理科離れが叫ばれるようになって久しい.このような状況の中,若年層に対する理科教育・科学技術教育の重要性は従来よりも大きくなっており,企業や学会も教育に貢献することが求められている.このような背景を踏まえ,JSAPでは,若年層の理科離れや技術競争力の低下を極めて重要な課題と認識し,研究面だけでなく,理科や技術に関する教育面・人材育成面でも貢献すべきであるとの方針を決定した.また,本部委員会,支部,分科会等の学会内組織の連携協力のもとに,理科教育等に関する広がりのある取組み,他学会,他組織との連携協力による理科教育等に関する取組みも推進しており,国や公共機関による教育関連事業への協力やそれらを通じた日本の技術および産業の発展に貢献することも重視している.
次に,教育に関するJSAP独自の取組みが紹介された:◆「科学と生活のフェスティバル」…教育に関するJSAP全体としての初めての取組みで,支部と応用物理教育分科会の協力のもとに企画・実施.若年層の理科離れへの対応ということで,小・中学生(一部高校生を含む)対象.第1回は1995年に金沢で開催,その後毎年,秋季学術講演会の開催地域で開催している.第7回(2001年)は名古屋で開催され,18,000人が参加.◆「リフレッシュ理科教室」…1997年から,支部の協力で企画・実施.小・中学校の教員を対象とし,最新の科学技術を知る機会を提供.毎年10回程度開催.◆「教育シンポジウム」…JSAP会員対象.創造性豊かな人材の育成とその方策について考えるシンポジウムで,1998年から隔年毎に開催.◆「公開講演会」…JSAPの先端分野の内容を一般の方々に理解してもらうための啓発的な講演会で,隔年毎にいろいろな地域で開催.◆「スクールA」…春季および秋季学術講演会期中に,JSAP会員を主な対象として,JSAP全体に関わるテーマを選び,講演と討論を通して理解と考察を深める.
JSAPは他組織との連携による教育への取組みも重要と考えている,とした上で,その取組みが紹介された:◆JABEE…JSAPは2001年から幹事学協会としてJABEEに参加.JPSをはじめとする物理系学協会と連絡会を作り連携して活動を展開.審査領域として「物理・応用物理学関連分野」を新設.現在までに,数大学の物理系,応用物理系学科の審査を実施.◆CPD(技術者継続教育)…企業の技術者教育に対する今後の取組みで重要.最後に,今後の方向として,以下の事項が取上げられた:◆JSAP独自の取組みの充実・発展.◆他組織との連携によるJABEE,CPD等の取組みの充実・発展.◆物理オリンピックなどの新しい取組みに関する検討も前向きに行う.
講演後,北原会長から「技術者倫理・工学倫理についての取組みは,環境問題などの幅広い問題を含んでいるのか」という質問があり,それに対して,「過去2年ほど学会として検討を続けてきて,昨年『倫理綱領』を制定した.産業と関連した問題まで幅広く考えているが,今後,より具体的な事例が出てくることが予想され,それに対して倫理委員会等を設置して個々に対応したいと考えている.今回のスクールAは,このあたりの検討を始めようとして『工学倫理・技術者倫理を考える』というテーマで企画した」との回答があった.
(4) 日本物理教育学会の教育への取組み
まず,これから話す内容は会長個人の考えと断られた上で講演が始められた:
科学技術教育の目標は,@技能・技術の教育…専門家のためのプロフェッショナルな技能・技術,A科学的素養の教育…すべての人(市民,農民,漁民,商人,政治家,皇族などの非専門家)のための科学,B創造性(独創,創発,創出)の教育…アカデミックな科学技術.さらに創造性には,@個人の創造性(天才,発明家,独創),A集団の創造性(チームワーク,研究室活動,研究グループ),B組織の創造性(学派,研究体制,プロジェクト)の3つがある.19世紀は「個人の創造性」,20世紀は「集団の創造性」に重点があったが,21世紀は「組織の創造性」が重要になるのではないか.科学技術研究での創造性には,模倣的でない,類型的でない,新規性,先駆的,萌芽的,開拓的であるだけでなく,遺伝的能力が環境刺激(教育など)で発現することや,芸術や文学の文化活動と関連すること(制作・創作・感性・直観),社会の創造や文化の創造に繋がること等も必要である.創造性を培う教育を行う上で必要なことは,@創造性を阻害する因子を除く(受験勉強・詰め込みを止め,自主的・自発的学習を奨励する),A好奇心・探究心の育成(問題発見力・問題解決力をつける,柔軟な思考・批判的考察の訓練),Bマニュアル的でない,創造的な教育(教師自身が好奇心を持ち,教育を独創的に行う―どれだけ好奇心を高め,動機付けできたか),C創造性の競争と促進(発明コンクール,ロボコン,物理オリンピック,科学の祭典など)の4つ.
これまで創造性の教育についての研究はあまり行われていない.マスコミや個人の意見・主張ではなく,また事例研究やアンケートだけでなく,体系的科学的研究を行うことが必要.今後望まれる創造性の研究課題は,例えば,インスピレーションとは?洞察力は教えられるか?偶然のチャンスを生かす能力は?創造も失敗も楽しむには?創造性の評価法は?天賦の才能を見出す方法は?本質を嗅ぎ付ける能力は?など.創造性は科学技術者だけに必要なものではなく,自然科学的な創造性を培うためには芸術的な活動も役立つ.
(5) 会長討論会
まず,各講演者に短いコメントを頂いた上で,会場との討論に入った:
北原会長:「創造性」というと教育の場面でも「個人の創造性」が強調されがちだが,霜田先生の講演にあった「集団の創造性」や「組織の創造性」も大きな要素である.先のSSHの合宿で,科学技術教育においてコミュニケーション能力も重要な要素であると思った.
後藤会長:JSAPは会員の半数以上が企業の技術者ということもあり,若者の理科離れは重要な問題だと認識し,技術者の生涯教育,大学における工学教育に,よりいっそう力を注ぐ必要があると考えている.今後,JPSとPESJが小中高校の理科教育の充実にこれまで以上に力を注いでいただくのと連携してJSAPも協力していきたい.
霜田会長:PESJは,大学の工学系教育というよりも小中高校(主として中高校)の理科教育に重点を置いて研究してきている.会員は,半数が高校の教員で,大学・短大の教員が3割程度,その他が2割程度という構成.科学技術的素養の充実も重要であり,「創造性の教育」はこれまであまり研究されてこなかったが,これから相対的に重要になってくる.これまでは個人の創造性,天才によって大きな進歩が成し遂げられたことが多かったが,これからの科学技術は,集団あるいは組織で創造性が発揮されてくることが多くなる.それを推進することが,これからの科学技術教育の大きな課題になる.
後藤会長:JSAPでは会員に技術者が多いので,技術者倫理・工学倫理の問題は学会として考えていかなければならない問題と認識している.大学の理学部等の卒業者も企業に入ってくる.企業の技術者もJPSに所属している.JPSとしても,技術者倫理を考える必要があると思うが,JPSでは技術者倫理について今までどのように考え,議論等なされてきたかをご紹介いただきたい.
北原会長:JPSでは,倫理について学会として議論してきていないのではないか.JPS会員の多くは研究教育機関にいて,そこで行われている科学的研究に対する責任を自覚することが,送り出された学生の科学的研究に対する責任・自覚につながると思う.その意味でもJPSはこの問題に関心を持っていくべきだと思う.JSAPの技術者倫理への取組みをぜひ参考にしたい.
後藤会長:JSAPは,大学等の研究機関にも会員の半数近くが所属.倫理の問題はすべての会員に関係する問題.その点では,JPSと共通する部分は多い.JSAPとしても今後,JPSと連携して倫理の問題を一緒に考えて行きたいと考えているので,よろしくお願いしたい.
岡島氏:3学会で協力して英文の物理教育論文誌を作ることをどのように考えておられるか.また,国際物理オリンピックやアジア物理オリンピックに対して3学会の会長はそれぞれどのようにお考えか.
後藤会長:物理教育に関する国際誌を作っていくことをJSAPとしては議論を始めていないが,個人としては,教育がどの学会にとっても非常に大きな問題になってきている状況を考えると教育に関する研究を公表していく場所を提供することは重要なことであり,JSAPとしても検討する必要があるかもしれない.これは一つの学会で行うのには無理があると思われ,いくつかの学会が連携して教育に関する専門誌を出していくことを検討すべきだろう.また,物理オリンピックに対してどのように取り組むかという問題については,前向きに検討しているところである.ただ,やってみてうまくいかなかったということではマイナスの効果を残す可能性もあるので,若干時間がかかるかもしれないが,十分な検討を行い,準備をした上で行いたいと考えている.
霜田会長:PESJでは1986年にIUPAPの物理教育の国際会議を上智大学で開催.その後,ニューズレターの形でICECという略称の英文の紀要を出している.公用語は英語.発表原稿は多くないが,他に出した論文の要約やPESJの中のactivityなどの国際的な連絡に利用.個人的な投稿では,American
Journal of Physicsあたりでも可能.以前は,教育はlocalなものであり国によっても違いがあった.しかし,グローバル化,国際化の中で,これからはそのような場が必要.これからは必ずしも論文誌のようなものではなくて,インターネット上で公開するほうが実効あるのではないか.
北原会長:日本でも様々な活動が行われており,それをどうすれば多くの人に広めることができるかは大事な問題.国際的にそれらをshareするにはどうしたらいいか.2002年10月に韓国物理学会に行った.物理教育のセッションがあり,考えている問題は全く同じだった(理科離れ,大学法人化など).教育を取巻く問題もグローバル化しており,英文誌を出せばお互いに知恵を出しやすいということはあるだろう.このことは,今後,物理系学会で考えるべきことである.内在的にどのような活動や発表に値するものがあるかを調査することも必要.日本から情報発信することが大事であり,前向きに考えなくてはいけない課題だ.また,物理オリンピックについて,JPSではあらためてここ2年ほど検討してきており,いまJSAP,PESJとの間で検討する会を始めている.世界に送る前に日本の中でそのような高校生の集まりができるかどうかを検討し,今後,3学会が協力して進めていくことになるだろう.
兵頭氏:10年ほど前に,外国語の(もしくは日本語でも)物理教育の研究論文誌の発表の場が欲しいという動きがあり,当時ワーキンググループをつくって学会等で需要を調査・検討した結果,まだneedsが足りないだろうという結論だった.いろいろとつめていった結果,needsもあり必要な情報を提供する形の現在の「大学の物理教育」誌に落ち着いた.あらためてJournalをつくることを検討する際にも,needsの調査から始めることになるのではないか.ICECニューズレターは,今年から印刷物をなくしWebにだけ載せる形にした.
川勝氏:3学会の連携の方向に関して,各地方における地域の小中高校の先生と3学会との連携ならびにこれらに対する3学会からの支援のあり方,教育における「物理」の必要性を他団体・他学会に認識してもらうために必要な取組み,この2点を3会長に伺いたい.
北原会長:国際的な連携と同時に,身近なところでは小中高校の先生方と私たちとの連携も重要.JPSでは,支部ごとに講演会等を行っているが,もっと日常的に知恵を出し合ったほうがいい.ある程度はボランティアベースで行わざるを得ないが,これを学会としてどのように支援していけるかは今後の課題.物理と他学会との関係については,いろいろな意見があると思うが,「電気」,「光学」,「生物」,「化学反応」などを題材にしながら「物理」を語るような教育(あるいは教育課程)や本ができて,物理学者自身が「物理」を通して他の世界を見ることで,様々な分野の人とコミュニケーションできるといいと思う.
霜田会長:地方との連携について付け加えると,「科学の祭典」に関連した活動の中で,小中学校の先生方との連携や,高校生・中学生の参加で実績を上げてきている.JSAPの「リフレッシュ理科教育」でもそうだが,「科学体験祭り」(尼崎)でも半数ぐらいは小学校の先生方が積極的にデモンストレーション等を行っていたようだ.このような地方でのactivityを通して相互の情報交換や刺激にもなり,科学に対する興味や関心を高める働きがある.今後このようなグループ活動が盛んになってくればいいのではないか.
後藤会長:JSAPでは地域との連携はかなり行われてきている.「科学と生活のフェスティバル」,「リフレッシュ理科教室」は支部や教育委員会,小中高校の先生方の協力を得て実施してきており,今までかなりの効果が上がっている.今後,地域との連携はいっそう発展させる方向で進みたい.他団体との連携・協力は,教育面では,例えばJABEEなどはJSAPだけでできるものではなく,既にJPSの協力を得ており,これらの活動を通して学会間の連携はさらに強まっていくものと思われる.教育・研究に間接的に関係するものとして,「男女共同参画」,「倫理」の問題があり,これらについては今後連携をさらに強めて取組んで行きたい.今後,一つの学会が単独で取組めることは非常に限られてくると思われる.テーマごとに連携の形は違うかもしれないが,いくつかの学会等が連携して活動することは大変重要になると思う.
鈴木(恒)氏:個々の問題に3学会で連携していくお話が3学会会長からあり,大変有意義であった.これからも3学会で連携してシンポジウムを開催していきたい.
覧具氏:物理と物理教育を取巻く問題はとても多様であるが,それらについて3学会それぞれの立場から共通の問題意識をもって取組んでおられることが確認できた.これを手がかりにして,さらに具体的な議論が関係者の間で進められていくことを期待してやまない.
(6) 企業からの将来の研究者・技術者養成教育への期待―ニュートリノ検出センサ開発に取組んで―
小柴氏のノーベル物理学賞受賞を支えた経験を踏まえ,企業・産業側からの視点で科学技術教育への提言が行われた:明治以来行われてきた研究開発の姿勢では,もはや国際競争に勝てない.自分たちにしかできないものをもとにして事業を進めていかなければならない.教育は,過去に人類が培ってきた英知を与えることであるが,日本の学校は,日本にしかできないことを教えてくれるのか.人類にはまだ知らないこと,できないことが無限にあることを教えていただきたい.小柴氏が私のところに来る5年前に米国で既にニュートリノの測定がされていた.小柴氏が評価されたのは,世界で一番精度の高い光電子増倍管を使って世界で一番いいデータをとったからだ.教育で人類の知識がどれくらいあるかを教えることも大事だが,それだけでは十分でない.世界の誰も知らないことを見つけるには何が大事なのかも教えて欲しい.日本産業の三重荷重は,1)日本国内では原材料がほとんど取れない,2)エネルギー(電力)が高価である,3)土地が非常に高価である.付け加えると「人件費が高い」も荷重.このようなハンディを背負って,どのように世界と競争していくのか.辛うじて競争できているのは設備等が減価償却できているから.そんなに儲かっているわけではない.競争相手が多い中でやっているから安く売らなくてはならず,儲かるはずがない.当時,小柴氏からKAMIOKANDEで陽子崩壊を測定したいと聞いた.ビッグバンから10秒後にすべての粒子ができ,その粒子は200億年かけて宇宙を巡り,宇宙の歴史を記憶して,いま私の体の中にある.この粒子は減ることはあっても増えることはない.その陽子の崩壊を測りたいということだった.できるかどうかわからなかったが,世界中で誰もやったことがないことでも,全身全霊で取組めば何とかなるもの.教育ではこのような根性も教えて欲しい.
質疑応答
○:「競争」と対の「共生」について考えを伺いたい.
晝馬氏:他人のまねしてつくっているから「仲良くしろ」ということが起こる.各々が特徴のある仕事をしていれば「共生」は自ずと出てくる.
○:小柴先生との出会いはどういうところで?
晝馬氏:最初,ドイツのデイジーで3,000本の増倍管を使って実験を行う予算が付いたということで,それ用の光電子増倍管を作ることになった.大変な無理難題を押し付けられたが,死に物狂いで何とかつくった.世界中が注目する前で,大変いい実験データが出た.その後,私どもの光電子増倍管が世界の高エネルギー物理学の程度の高い実験にはほとんど使われるようになり,高エネルギー物理の実験では国際入札が意味を成さなくなった.小柴氏からは最初25インチの光電子増倍管をつくって欲しいといわれたが20インチをつくった.
○:研究室に入ってくる学生は元気がない.やっていることが難しすぎて自分の身についているかどうかわからないのではないか.貴社は世界的な会社だが,新入社員で一生懸命やれない社員はいないか.
晝馬氏:明治以来,知識を教え込むのが教育だと思っているからそうなるのではないか.分かりきっていることの中にも分からないことがあることを教えて,刺激してやる.私の会社でも光に関係のあることなら自分がやりたいことを研究しろと言うが,初期の芽が出ないと予算は出さない.自分で仕事を見つけられるまでは,人の仕事を見て習え,自分で身につけろと話している.身につけるということは,学問や知識として頭に入れるだけではだめだ.20インチの増倍管を作るときも,34歳の責任者が「社長が作れといったのだからできるに決まっている.できるかどうかは心配しなかった」と新聞記者に話したらしい.「できないと言わずにやってみろ」と言っている.教師が目的を与えても元気は出ない.自分で見つけろと言うしかない.
(7) 新学習指導要領物理で高校生は何を学んでくるか
まず厳しい悲惨な現状をきちんと見つめ,それに対応することが重要である,「高校生が何を学んでこないか」と言ったほうがわかりやすいかも知れない,と前置きの上,本題に入られた:
大学人・研究者が初等中等教育の詳細まで深い関心を持つ必要性は,自らが大学もしくは企業で行う教育の効果向上のため(これからは評価の時代),初等中等教育の崩壊を防ぐため,の2点にある.皆さん自らが初等中等教育がどうなっているかを一歩近づいて詳しく見ていくことで,その問題点が見えてくると期待している.
告示年 |
施行年 |
小学校 |
中学校 |
1958年 |
1961年(小) 1962年(中) |
628時間 |
420時間 |
1968年 |
1972年 |
628時間 |
420時間 |
1978年 |
1981年 |
558時間 |
350時間 |
1989年 |
1993年 |
420時間 |
315−350時間 |
1998年 |
2002年 |
350時間 |
290時間 |
表1 小中学校の理科の学習時間
2000年6月26日に第17期日本学術会議物理学研究連絡委員会報告で「物理教育・理科教育の現状と提言」を公表した(詳しくは,長岡洋介・覧具博義:日本物理学会誌
第55巻(2000),p.872). その提言の内容は,1. 大学人・研究者も初等中等教育についての十分な理解を,2. 教科書検定の拘束の緩和を,3. 大学入試による影響力発動には高校の実情十分な配慮を,4.
初等中等教育の内容を十分に認識した上での高等教育を,5. 大学の教育体制の整備を,である.この提言は,外へ向かって訴える項目より自分たちへ向かって訴える項目の方が多い点が,従来と違っている.
理科の時間が大幅に減った(表1)原因は,一つは土曜日が休みになったこと,もう一つは「総合的な学習の時間」がほとんど理科と同じくらいの時間使われていること.「知識だけではだめだ」という掛け声の下,「総合的な学習の時間」でどういうことが行われているか,私たちは注意深く見ていかなければならない.
従来は中学校で全員が学んでいたが,新学習指導要領で高校物理に移された項目:力とばねの伸び/質量と重さの違い/力の合成と分解/仕事と仕事率/自由落下運動(斜面の運動は中学校で扱う)/水圧/浮力/水の加熱と熱量/比熱/交流と直流/電力量/真空放電.高校進学率は9割以上だが,そのうち物理選択者は3割ぐらい.7割ぐらいは上記の項目を,一生,学校で学ばなくなる.
従来は「物理IB」で学んでいたが,新学習指導要領で「物理U」に移された項目(センター試験の範囲でなくなる):運動量と力積,運動量の保存/ボイル・シャルルの法則/縦波と横波,波の伝わり方/スペクトル/電界・電位,クーロンの法則,電気力線,静電誘導,誘電分極,静電遮蔽,キルヒホッフの法則,コンデンサー,静電エネルギー/電子の電荷と質量,原子,放射能.「物理U」を学べばこれらを学ぶことができるが,「物理U」を選択するのは国民の1割しかいない.また,センター試験は「物理T」の範囲で行われ,「物理U」は課されない.したがって,「物理U」に移った項目は,たとえセンター試験で「物理T」を選択させたとしても,必ずしも学んでくるとは限らない.センター試験で「物理T」をとらせるかどうかの議論をする際は,「物理T」の項目に何が含まれているかを十分知った上で議論すべきである.新課程からは,センター試験で“物理”を選択させたから高校物理の基礎ができているとは全く言えなくなる.この点,要注意である.指導要領をあらためて見直す必要があろう.
告示 |
施行 |
科目名(単位数) |
1955 年 |
1958 年 |
[物理(3)化学(3)生物(3)地学(3)] または[物理(5)化学(5)生物(5)地学(5)] より2科目以上選択必修 |
1960 年 |
1963 年 |
[物理A(3)化学A(3)生物A(4)地学A(2)] または[物理B(5)化学B(4)] より4科目必修 |
1970 年 |
1973 年 |
[理科基礎(6)物理T(3)化学T(3)生物T(3)地学T(3)]6単位以上選択必修+[物理U(3)化学U(3)生物U(3)地学U(3)]選択 |
1978 年 |
1982 年 |
理科T(4)必修+[理科U(2)物理(4)化学(4)生物(4)地学(4)]選択 |
1988年 |
1994年 |
[総合理科(4) 物IA(2)またはIB(4)化学IA(2)またはIB(4)生物IA(2)またはIB(4)地学IA(2)またはIB(4)]2区分2科目以上選択必修+[物理U(2)
化学U(2)生物U(2)地学U(2))]選択 |
1999 年 |
2003年 |
[理科基礎(2)理科総合A(2)理科総合B(2)物理T(3)化学T(3)生物T(3)地学T(3)]2科目選択必修(基礎または総合を必ず含む)+[物理U(3)化学U(3)生物U(3)地学U(3)]選択(科目内項目選択あり) |
表2 高等学校学習指導要領 理科の変遷
その一方で,従来は「物理U」で学んでいたが,新学習指導要領で「物理T」に移された項目もある(センター試験の範囲になる):磁場中の電流に働く力(向きのみ)/電磁誘導(向きのみ)/交流(実効値は除く)/トランス/電波(送受信の実験のみ).学習指導要領の「物理T」の電気範囲は以上のみ.電場(電界)もオームの法則もない(ただし,多くの教科書が学習指導要領にない「オームの法則」を含めているので,これは学ぶことになるだろう).また,学習指導要領解説の「エネルギー」の項に,“電界中の電荷の移動とエネルギーの関係を扱う程度にとどめる”とあるので,教科書では電場(電界)を“一瞬”扱っている.
従来は「物理IB」で学んでいたが,新学習指導要領で「物理T」にも「物理U」にも移されなかった項目(「物理U」まで履修しても学ばない):周期的な波を表す正弦関数の式/発音体が動く場合のドップラー効果.高校教科書で波の干渉条件などを定性的・定量的にたくさん勉強するにもかかわらず,波の正弦関数の式を扱わない.大学で波を教える際,新入生が波の式を見たことがないことに配慮しないと教育効果が挙がらないだろう.
新しい学習指導要領の物理の項目(表3)をみると,「物理I」,「物理II」を通じて,電流回路と熱力学が極端に軽視されている(実際は教科書執筆者が項目を補いながら執筆しているので,何とかカバーされるだろうが…).今回の学習指導要領は,“厳選”で3割削除ということだったが,高校物理はほとんど減っていない.「物理I」の極端な軽量化の陰に「物理II」の超過密があることに注意しなければならない.
表3 新しい学習指導要領の物理の項目
「物理T」の「生活の中の電気」と「物体の運動」は大変限定されたものなので,電気や運動をきちんと扱うためには「物理U」をあらためて学ばなければならない.また,「物理U」の(3)と(4)は選択であるが,実質的には項目が増えた.学校週5日制で本当に履修可能か?という問題が残る.平成18年度からは,このような悪条件で学んだ学生が大学に入学してくるので,大学ではそれを踏まえた物理の講義を行わないと,ますます“物理嫌い”をつくってしまう可能性がある.このことを特に強調したい.
センター試験で「物理」と「生物」が同じ時間枠で行われていた[報告者注:平成16年度センター試験では,理科@(「総合理科」,「物理IA」,「物理IB」),理科A(「化学IA」,「化学IB」,「地学IA」,「地学IB」),理科B(「生物IA」,「生物IB」)と変更になった]ため,高校では「物理」と「生物」両方を履修することが極めてまれになってしまっている(高校現場での受験指導上,やむをえないところがある).高校の時間割について東大に入学した理系学生対象(サンプル数147校)について調査をしたところ,“「物理U」までと「生物U」まで両方,原理的には履修可能”は19校あったが,実際はほとんど履修されていない.“「物理IB」と「生物IB」両方,履修可能”は20校あり,両方履修している高校は4校あった.高校の先生方の調査(サンプル数30校)でも同じような傾向だった.一方で,国立大学附属の中高一貫校の中には“主義として「物理U」までと「生物U」まで両方履修させている”(1校)もあった.2002年3月28日付「平成18年度からのセンター試験の出題教科・科目等について―中間まとめ―」:
出題科目は「理科基礎」,「理科総合A」,「理科総合B」,「物理T」,「化学T」,「生物T」及び「地学T」の7科目とし,次のように3グループに分け,それぞれのグループにおいて,1科目を選択させる.
グループ(1):「理科基礎」,「理科総合A」,「理科総合B」,「物理T」,
グループ(2):「化学T」,
グループ(3):「生物T」,「地学T」
に対し,このような時間割が発表されることで,高校の時間割が規定されること,高校生の科目選択の動向に大変悪い影響を与えることを,「物理学会の意見書」(2002年6月19日)で訴えた:
重要と考える原則
1.大学入試センター試験が高校のカリキュラムや高校生の履修選択の傾向に対して,不必要な制約や誘導を加えないよう最大限の配慮をすること.
2.選択科目の平等性をできる限り確保すること.
この中で代案も2案提示したが,その後,長い議論が続けられているようだ[報告者注:平成18年度からのセンター試験についての最終まとめは
http://www.dnc.ac.
jp/center_exam/18kyouka-saishuu.html
].
大学入試センター試験についてまとめておく:
▼大学の理系学部の志望者が理科1科目以上受験 → 我が国の理系の共通知識のレベルを規定(センター試験が存在する以上,我が国のサイエンスリテラシー(理系学生にとっても)は,センター試験範囲である).
▼前の学習指導要領(「理科T」+「物理」)の時代までは,「物理」の範囲は高校物理のすべての範囲を意味した.しかし現在は,「物理IA」あるいは「物理IB」のみ.平成18年度入試からは「物理T」のみ(新学習指導要領の「物理T」はこのことに配慮してつくられていない).
▼各高校のカリキュラムが少数科目受験対応になっている上に,「理科総合A」,「理科総合B」あるいは「理科基礎」が選択必修の状態では,要求科目増大は無理(現役合格者が減少するだけ).
▼まず学習指導要領の科目構造を改めることが先決.
国大協が“受験科目を減らせ”といって,既に高校現場では“少数科目シフト”が出来上がっているところに,今度は,その国大協が“受験科目を増やせ”といっている.大変なのは高校現場であり,高校生自身である.初等中等教育の現場をもっとよく見て,いろいろなことを決めていくべきである.
北大名誉教授の北村正直氏の指摘により私も気づいたことだが,日本の学習指導要領は“構成主義constructivism”の流れの影響を相当強く受けているようだ.実は米国がそうで,米国に留学した教育学者が主に学習指導要領の枠組みをつくっている.その主張は,一見もっともらしく聞こえるのだが,その反科学的な性格は深刻な悪影響をおよぼす.たとえば,「小学校学習指導要領解説理科編」(平成11年5月文部省)の「第2章
第1節 理科の目標」には,“自然の特性は人間の創造の産物であるという考え方である”,“現在の科学の理論や法則についての考え方が次のように変化してきているといわれている.それは,科学の理論や法則は科学者という人間と無関係に成立する,絶対的・普遍的なものであるという考え方から,科学の理論や法則は科学者という人間が創造したものであるという考え方に転換してきているということである.この考え方によれば,科学はその時代に生きた科学者という人間が公認し共有したものであるということになる.科学者という人間が公認し共有する基本的な条件が,実証性や再現性,客観性などである.(注:アンダーラインは講演者による)”といった件りがある.ここでは,自然の法則が人類と無関係になり立っているものであり,たとえ人類が滅びても自然は今と同じような法則に従いつづけることが忘れられている.この考え方が教育の現場に持ち込まれると,“真理や知識は各自が構成するものである.
何をどう考えたかが大事であって,それが普遍的なものであるかどうかは大事ではない”ということになり,このような反科学的な考え方のもとに,現在の理科や総合的学習の学習が行われているのである.構成主義の考え方によれば,学術論文も“論文としての体裁”がきちんとしていれば内容はどうでもいいということになる.この考え方の反科学性については,アラン・ソーカルらが構成主義の人たちの学会誌に“構成主義風”なスタイルの偽論文を投稿し,掲載後に,それが物理を専攻する学生なら誰でもすぐに指摘できるような数学・物理学上のでたらめと短絡的一般化とをつなぎ合わせたでっち上げの論文であったことを公表する形で,鋭く批判した(文献:「「知」の欺瞞―ポスト・モダン思想における科学の濫用」アラン・ソーカル,ジャン・フリクモン(著),田崎晴明ら(訳)).米国のナショナルスタンダードも構成主義の考え方でつくられており,それをまともに採用したカリフォルニア州の数学の成績が,全州で全米最下位近くになった.日本の学習指導要領も,“子どもたちが自分で何かを見つければよいのだ”という考え方になってしまった.北村氏も指摘しているが,小学校理科の学習指導要領・解説の中に,「科学的」という言葉も,「理解する」という言葉もそれぞれ1箇所しか出ていない.Web上に北村氏の主張も,構成主義を支持している人の主張も載せられているので,是時皆さんも検討していただきたい.
質疑応答
○:理科振興法ができて50年の間に多額の予算を使って購入した教材がどの高校にもあると思うが,その財産をどのように活かしていくべきか.
兵頭氏:他人の用意した実験装置を使おうとすると,かえって手間や時間がかかり使いづらいもの.あらためて理科振興法で,自分で必要とする現代的な装置を自由に購入して,それを使うほうがいいのではないかと思う.
(8) 総合討論
両会場のパネラーと会場参加者との間で多様な観点から忌憚のない意見交換が行われた:
○:科学技術そのものが負の側面を持つことから理科離れが起こっていると思っているが,どうお考えか.
兵頭氏:確かに科学技術は負の側面を持っているが,科学技術だけで悪いことが起こっているわけではないことも事実.物理教育の側面から貢献できることはただ一つで,物理の正統的な勉強によって驚くほど多くのことがわかる,ということを伝えることだ.学問をするよろこびと,それをもとに新しい問題に立ち向かう力や自信がつくのが,最も本人のためになる.
晝馬氏:弁証法的な西洋のサイエンスは行き止まりだという人がいる.原因と結果が1対1に対応していると考えるが,そう簡単ではない.聖徳太子の十七条憲法の最初に「和を以って貴しとなし,忤うこと無きを宗とせよ」とあるが,「和」は「足し算」のことではないか.「全部足す」,「トータルでどうなのか」という発想からうまれてくるのが日本の「サイエンス」であろう.
川勝氏:高校以下の学習内容に制限が加えられているが,晝馬氏はどうお考えか.
晝馬氏:教えるということは先生自らが範を示すこと.そこで初めて先生に付いて行きたいと思い,その先生の言うことを一生懸命学ぶ.先生が未知未踏のところを拓いて行くことが大事.たまに先生がしくじっても,その真摯な姿を見て,そこからまた学ぶものだ.
川勝氏:それを皆がしやすくするのが学会の仕事で,どのように展望を持って支援していけばいいか.
○:戦後,世の中を良くしていこうとした物理を世の中は支持したが,科学技術が負の側面を持ち始めたとき,科学者はそれから逃げた.日本で最も理科離れしているのは科学者であり自分の専門しか関心が無い.社会に支持される物理とは何かをもっと真剣に考えるべき.それには,まず物理学者がサイエンスから離れないことだ.
晝馬氏:「光とは何か」と考えると物理も化学も生物も含まれる.分断された科学からは何も見えてこない.
川勝氏:科学技術教育は,この4・5年の間に危機的状況が来るのでは.何らかの措置を講じるべきではないか.
後藤会長:20世紀に発展した科学技術に負の側面が出てきたのを,社会全体が否定的に見るようになってしまい,科学者や技術者はやや自信を失ってきたような部分がある.学校教育でも,小・中学校では教育する力が弱まってきているところもある.いろいろなことが複合的に合わさって今の危機的状況が起こっていると考えられる.学会で行ってきている活動は学校以外で行える教育であり,今後さらに積極的に取組みたい.
岡島氏:時代が変わり社会が要求するものは違っても,それぞれの時代に同じことを言いながら進んできている.学会として支援できるものには支援し,3学会で協力してフィールドを整備していく必要がある.
兵頭氏:やはり物理を学問としてしっかり教えなければならない.その一方で,社会性や全体性も必要.人類が個別に学問を発展させてきたのは,その方法が人間の脳の容量の限界まで使って専門性を高めるのに適していたからで,その専門性を使って総合的な見方ができる.学校で専門性を役割分担しながら,総合的な見方ができるように教育していくことができる.考えるための知識と道具を,その有効性を示しながら教え続けていくうちに,あるきっかけからあることに「はまる」時が必ず来る.そのときに止めさせないことが大事.一見“勉強”からスピンアウトだが,いままで蓄積した学問を使ってそうするならいいのではないか.必要ならまた戻ってくる.また,創造性は試行錯誤の積み重ねから生まれてくると思う.教えることはできないのではないか.
霜田会長:教育とは人を作ることである.教育は人と人の関係,つまり教える者と教えられる者との関係がたいへん大事で,何を教えるか,どう教えるかということよりも大事.科学教育・理科教育では,自然の摂理すなわち因果律をはっきり理解させることが大事である.
覧具氏:世界的に物理分野への進学者が減少する傾向があり,危機的様相を示している.日本独特の問題もあるかもしれないが,欧州でも似た状況があり,共通の問題が内在している可能性がある.2002年12月と2003年3月に,英国,ドイツ,香港に渡り各国の制度を調査した際,大学レベルの物理教育について密に見聞する機会があった.彼らも日本と共通の問題を抱えているという認識と同時に,日本の大学教育があまりにも内に閉じていることに非常な危機感をもった.英国では,50年も前から,期末試験の問題を他の大学の複数の教官に予めその妥当性をチェックしてもらい,試験後,採点結果の妥当性を外部の教官に見てもらうという制度がある.学生は4年間かけて多くの教官の教えを受けて卒業していくが,そのトータルでの影響を受ける.今後日本においても,より全体から教育を見るシステマティックなアプローチが考えられてもいいのではないかと思う.
3.おわりに
両会場から,3学会で今後も継続して共同企画シンポジウムを行い,直面する物理教育・科学技術教育の諸問題に対処していこうという意見が出され,両会場で,それに対する理解が示された.
なお,今回の3学会共同企画シンポジウム開催にあたり,両会場の現地実行委員会をはじめとする関係諸氏に,準備段階から多大なご協力とご尽力を頂いた.あらためて衷心より感謝申し上げます.また,本学会報告の原稿作成にあたり,講演者ならびに発言者各位に原稿を査読していただいた.関係各位に心より感謝申し上げます.
日本物理学会「大学の物理教育」誌 (2003-2号) pp.81-88.