物理教育シンポジウム

はじめに

2002年3月24－27日に立命館大学びわこ・くさつキャンパスで開催された日本物理学会第57回年次大会において，3月27日午前，応用物理学会会場（東海大学湘南キャンパス）と日本物理学会会場とを高速デジタル回線テレビ会議システムで結び，「物理オリンピックを考える」という主題で，日本物理学会物理教育分科・応用物理学会応用物理教育分科会・日本物理教育学会の共同企画シンポジウムが開催された．立命館大学会場の座長は，前半が田中忠芳（鹿児島高等予備校），後半が波田野彰氏（帝京平成大情報），東海大学会場の座長は，前半・後半とも岡島茂樹氏（中部大工）がつとめた．物理オリンピックに関する各講演の後，さまざまな観点から，活発な議論が行われた．

プログラムの内容（^＊は東海大会場）

１．イントロダクトリートーク

毛塚博史（東京工科大工）^＊

２．第2回アジア物理オリンピック視察報告

伊藤良一（明治大理工）^＊

３．物理オリンピック参加へのコメント

江沢　洋（学習院大理）

４．国際化学オリンピックへの取り組み

畑中研一（東大生産研）^＊

５．国際物理オリンピックと物理教育

　小林澈郎（福井工大工）

６．物理オリンピックと物理教育

　霜田光一（日本物理教育学会会長）

７．総合討論

講演の概要と討論の内容

１．イントロダクトリートークでは，物理オリンピックPhysics Olympiad（以下PhO）に日本が参加することに関して3学会で議論を深めたいと，共同企画シンポジウムの趣旨が説明された．

２．第2回アジア物理オリンピック視察報告では，2001年4月22日から5月1日まで台北で行われた第2回アジア物理オリンピックに，日本物理学会からは江沢洋氏（学習院大理），応用物理学会からは伊藤良一氏がobserverとして参加されたのを受けて，アジア物理オリンピック Asian Physics Olympiad (以下APhO)の詳しい報告と国際物理オリンピック International Physics Olympiad (以下IPhO) の紹介が行われた．

IPhOは，次世代を担う若者の育成，物理教育に携わる人たちの国際的な交流の推進を目的としており，IPhO関連のWeb Siteでは，問題，解答など，詳細な情報を公開している（http://www.geo

cities.com/links2ipho/を参照），との紹介があり，

IPhOの定款が紹介された（APhOはIPhOに準ずる）：(1) 参加者は20歳未満の中学生・高校生．国の競争ではなく個人の競争．(2) 毎年開催．(3) 開催国の教育省またはそれに代る適当な組織が主催する．(4) 参加国は参加後5年以内に開催の意思と予定を表明しなければならない．(5) 開催国の教育省はPhOの組織・準備・実行を行う物理学会またはそれに代る団体を指名する．(6) 1チーム 5人（APhOは1チーム8人）の生徒（20歳未満）からなる．各チームには2人の教師が随行する（団長と教育リーダー）．随行教師は国際委員会のメンバーとなる．(7) 使用言語は英語，ロシア語，ドイツ語，フランス語，スペイン語（APhOでは英語のみ）．随行教師は問題を母語に翻訳する．(8) 参加国は往復の旅費を負担し，開催国は国内におけるすべての経費を負担する．(9) 競技は2日間．1日は理論問題（3題，30点満点），もう1日は実験問題（1または2題，20点満点），各5時間．各試験の間に少なくとも1日の休息日を設ける．(10) 問題原案は開催国が準備する．国際委員会はこの原案と配点を検討する．(11) 成績優秀者を表彰する．

理論問題と実験問題のシラバスも紹介された．

実験問題のシラバス：基本的な実験装置の知識（ノギス，温度計，電圧･電流･抵抗計，ポテンシオメータ，ダイオード，トランジスタ，簡単な光測定器など）／やや高度な測定器が使えること（使用説明書つき，2チャンネルオシロスコープ，カウンタ，信号発生器，ADコンバータ，増幅器，積分器，電源など）／誤差，対数目盛などの知識／実験データを直線にフィッティングすること．

最後に，PhOへの参加を検討するにあたり，「科学に国境はない」とコメントされた．

討論では，PhO参加者のレヴェル，選抜・特訓，成績優秀者への特典，PhO参加が日本の教育に与える影響・意義，PhO参加がトップレヴェルだけを強めるわけではないこと，などが議論された．

　３．物理オリンピック参加へのコメントでは，まずIPhO，APhOの簡単な紹介の後，理論問題のシラバスについて紹介があった．

理論問題のシラバス（抜粋）：力学（閉じた系，開いた系，エネルギーと運動量の保存，ケプラーの法則）／剛体の力学（（固定軸のまわりの）角運動量の保存，慣性モーメント，加速度系）／熱力学（第２法則，気体のモデル，膨張の際の仕事，カルノーサイクル，可逆と不可逆，ボルツマン因子）／振動と波動（調和振動の運動方程式，正弦波，直線偏波，ドップラー効果，可干渉性，干渉，うなり）／電荷と電場（ガウスの法則，電気双極子）／電流と磁場（非オーム抵抗，アンペールの法則）／電磁波（波動光学，分散，回折，反射による偏極，黒体輻射）／量子物理（光電効果，光子，ド・ブロイ波，不確定性）／相対性理論（速度の加法，ドップラー効果，運動方程式，質量とエネルギーの関係）／物質（ブラッグの式の応用，原子・分子・核のエネルギー準位，輻射の吸収，質量欠損，核反応）．

何故参加するかについて，国際的なつきあい・近所づきあい，日本の教育を世界の風にあてる，若者の国際交流（1年に数人でも，10年間には数十人），若者に目標を与える，都会だけでなく田舎の生徒にもよい刺激になる，などがあげられた．参加すると決めたら，他の国が行っているように選考ならびに訓練が必要であることが述べられた．諸外国がどのように代表を選考し訓練を行っているか等について，オーストラリア，中国，台湾，ポーランド，シンガポール，タイの例が紹介された後，日本が参加を考える場合の問題として，資金，マン・パワー，日本の教育を歪ませるかどうかの3点が取り上げられ，資金については，台湾やノルウェーの例も交えて試算が紹介された．

討論では，はやく結論を出したほうがいい，もし参加しないのであれば，教育政策の意見も含めたしかるべき理由が必要，意義があるものには資金は後から出てくるもの，PhO参加が意義のあるものだともっと伝えるべき，という意見や，事前に委員会等で作成した問題が国際委員会で不適切と判断された場合どうするのか，実験を参加者の数だけ同じ条件で準備するにはどうすればいいか，参加者が今後増えた場合にも対応の見通しはあるかなど，より具体的な質問もあった．企業協力の重要性，日本物理学会・日本物理教育学会・応用物理学会の3学会協力の重要性についても指摘があった．IPhOで優秀な成績をおさめた生徒の進路についてもふれられ，各国とも，必ずしも物理に来ないがそれでいいのではないかという認識をしていること，台湾大学では，PhOで優秀な成績をおさめた生徒が物理学科に集まるのではなく他学科にも進むため，他学科から大変評判がいいらしいことが付加された．

４．国際化学オリンピックへの取り組みでは，まず国際化学オリンピックについて紹介の後，主要先進国は全て参加，太平洋周辺諸国もほとんど参加していることが述べられた．日本が現在不参加の理由として，出題問題の難しさ，開催時期が7月であること，経費の問題があげられた．

国際化学オリンピックの国内予選としての位置付けで，おもに高校1・2年生に参加を呼びかけている「全国高校化学グランプリ」が紹介され，それ取りまく状況等が報告された：◇日本化学会とその中にある化学教育協議会が企画・実行しており，企業が出資して作られた｢夢・化学―21委員会｣から，毎年1,000万円前後の補助を得ている．この3者共催の形で，1998年に関東・東北地区の｢高校化学グランプリ｣(第0回にあたる)を試行し，翌年に全国規模で「全国高校化学グランプリ1999」を実施し，以後毎年開催している．作題にあたり，「日本の高校生にとって難攻不落でなく，かといって大学入試レヴェルでもない」問題に仕上げるのに，大変な時間と労力を要する．◇「第0回高校化学グランプリ」（検討委員会22名）は，1次選考会が1998年11月14日に開催され，参加者132人(東京101人，仙台31人)．１次選考の問題は｢高校で学ぶ範囲を超える内容も含まれる｣と事前にアナウンス．360点満点でトップが333点，300点以上が9人．参加者132人中，2年生が48人，1年生が8人．平均点は181点．記憶力よりは思考力を問う問題．6問中2問は国際オリンピックレヴェルの問題．問題はインターネットで閲覧可能．解説を含めた記事を翌年｢化学と教育｣1999年5月号に掲載．2次選考会(実技)は，1998年11月28日に，1次選考における上位42人が参加して開成高校で開催．1次選考に参加した全員が2次選考にも参加するのが理想であるが，場所，実験器具の数，遠方からの旅費などの問題があり，人数を制限せざるを得ない．1次と2次の総点を評価した結果，優秀賞2人，金賞10人，銀賞15人，銅賞15人．◇「全国高校化学グランプリ1999」（運営WG 28名）は，1次選考会が1999年7月24日に開催され，316人(札幌6人，仙台31人，東京141人，大阪25人，岡山65人，福岡29人，熊本19人)が参加．15名の作題WGは大学教員と高校教員からなる(人数比は2：1)．１次選考の問題は，全員から提出された素案の大まかな評価を行った後，3分野に分かれて詳しい検討を行い，最後に全体で討論．1次選考の平均点は，問題が難しくなったため前年を下回る．2次選考会は，1999年8月21日に開成高校で開催．1次選考における上位48名が参加．2次選考の問題は，高校教員が中心に大学教員も数名加わって作成． 240満点中，平均点118点，最高得点224点．1次と2次の総点を評価した結果，優秀賞5人，金賞10人，銀賞15人，銅賞18人．2次選考に進めなかった者の中で，2年生のトップと1年生のトップに奨励賞を授与．第0回高校化学グランプリと合わせて，実施報告書を作成．◇「全国高校化学グランプリ2000」（運営WG 31名）は，1次選考会を2000年7月22日開催し，598人（全国16会場）が参加．2000年度は，東京会場が人数の関係上2会場に分かれ，沖縄会場が加わった．ポスターその他で認知度を高める努力をした結果，参加者が前年度の約2倍に．作題は前年度と同様に行ったが，平均点は正答率39.3％であり，前年度37.8％をやや上回った．その上位62人が2次選考に進出したが，62人の最低点は正答率62.7％．2次選考会は，2000年8月19日，1次選考における上位62人が参加して，東大教養学部（駒場キャンパス）で行われた．例年の参加者からの伝授か，レポートを書く時間を予め取っておく者も増え，「実験結果を報告することの重要性」を教えることもできていると実感．例年通りに，優秀賞5人，金賞15人，銀賞20人，銅賞22人，奨励賞2人を表彰し，実施報告書を作成．◇「全国高校化学グランプリ2001」（運営WG 37名）の1次選考会は2001年7月21日開催．900人（全国20会場）が参加．地方会場の運営は日本化学会各支部が担当．毎年約300人ずつの増加．2001年度は九州地区8会場（各県1会場）で開催，四国（松山）で初めて開催．全参加者に行ったアンケート調査によると，「難しかったが面白かった」というのが断然多かった．このことは，難しいことに挑戦することが「理科離れ」を起こしているのではないことを裏付けている．2001年は問題が難しかったため，平均点は正答率30％．2次選考への進出者の最低点は56％．2次選考会は2001年8月25日に東大教養学部（駒場キャンパス）で開催され，1次選考における上位61人が参加．例年通り，優秀賞5人，金賞16人，銀賞20人，銅賞20人，奨励賞2人．表彰式は11月24日．実施報告書を作成．◇中国では，1次予選に10万人が参加．上位20人は，国際オリンピックへ向けて特訓を受け，化学科に限り北京大学に無試験入学．中国では国家行事（各地方の教育委員会が実施）．日本でも，各地元紙が全国高校化学グランプリ参加者を大きく報道しており，全国的に認知されつつある．

また，2002年度からは，広報WGを作り，マスコミなどを通じて広報，政府にも働きかけ，国際化学オリンピックへの日本参加へ向けて，2002年（オランダ）observer派遣予定，2003年（ギリシャ）国際化学オリンピックに正式参加予定であることが報告された．2002年の全国高校化学グランプリは，2003年に正式参加することを明示したポスターを作成し，高校1・2年生に呼びかけるとのこと．

討論では，「高校生の定期試験の問題はどのようにクリアされるのか」に対して，「将来的には各高校に認知されていくと思うが，今年度は団体戦をして，成績上位4人の合計点が高い高校を選び，高校側に対応をお願いしようと考えている」と畑中氏から回答．このことに関連して高校現場から，「高校では，部活動として取り組めば，公式試合等は『公欠』等の扱いができるので，定期テストの問題は回避できるだろう」とのコメントもあった．問題レヴェルに関して，「国際化学オリンピックでは問題レヴェルを明示している。レヴェル1は高校で教えられている基礎的な内容で予告なしに出題される．レヴェル3は，ほとんどの国の高校では教えられていない内容で，出題する場合には事前に予備問題集にそれを含めておかなければならない（単に難問を解くことを避け，公平なルールの下でレヴェルの高い問題に取り組むことを示唆）」と畑中氏からコメントがあった．化学教育協議会の中に，「化学と教育」編集委員会，高校化学グランプリ等の委員会があり，同誌に高校化学グランプリや国際化学オリンピックの記事等を掲載するなど，協力関係がうまくいっていることも伝えられた．

　５．国際物理オリンピックと物理教育では，国際数学オリンピック（IMO）は1990年から日本チーム参加，IPhOはすでに60数カ国参加（未参加物理大国は日本とスイスのみ），1990年代前半，日本物理学会物理教育委員会はIPhOに対して否定的だったこと，1993年8月にW.Gorzkowski氏が来日し懇談したことなどが述べられた上で，IPｈOの歴史，規約，実施方法，問題，採点・賞，各国の代表の選び方・トレーニング，米国における参加決定までの論議などについて詳しい説明があった：◇IPhOの歴史は以下のとおり：1967年東欧5カ国（ブルガリア，チェコスロヴァキア，ハンガリー，ポーランド，ルーマニア）．1968年ソ連参加．1972年フランス参加．1974年西ドイツ参加．1973，1978，1980年実施せず．1984年規約制定（スウェーデン大会）．1986年米国，中国参加．2002年インドネシア大会．◇規約は，全16条で，§1 目的，§2,3 各国の文部省，物理学会等との関係，§4 出場資格，実施方法，§6 財政問題等々細かく規定されている．毎回見直され，小さな改定がなされている．1チーム5人．引率は大学教員1人，高校教員1人．参加資格は，当該年6月30日時点で20歳未満の高等教育機関に進学していない（高校を卒業していてもいいが大学等には入っていない）者．毎年6月から8月にかけて前後約1週間かけて実施されている．費用は，開催国の空港に到着後，国内滞在中は全て主催国もち，開催国の空港までの往復は参加国もち．◇実施方法は以下のとおり：第1日理論3題（5時間），（中休み１日遠足など），第2日実験2題（5時間）．実験は器具を使い，実際に実験する．理論的解析と考察が求められる．物理定数表，対数表，プログラミングされてない計算機は使ってよい．採点や理事会等に要する3-4日間，生徒は遠足やスポーツなどで楽しみ，親睦を深める．◇問題は，かなり難しいと言うべき．1982年以来，理論3題，実験2題と問題数は定着．◇採点は，予めInternational Boardで決められたガイドラインにより，参加国からの翻訳者と協力し Organization Committee が採点して，International Board が最終的に承認をする．理論10点×3題＝30点，実験10点×2題＝20点，合計50点．賞は，最上位から3人の得点の相加平均を100，各人の得点をPとして，P≧90（金賞），90＞P≧78（銀賞），78＞P≧65（銅賞），65＞P≧50（褒賞），50＞P（参加賞）．その他，最高得点賞，抜群の独創的解法などに対する賞がある．◇各国の代表の選び方，トレーニングについては，欧州諸国は国内オリンピックをやっている国が多いので，その中から選ぶケースが多い．(1) 英国 [step 1] 全secondary school最終学年の生徒にあまり高度でないテスト．[step 2] 得点70％以上の生徒に自校で規定の理論問題を解く．答案をKent Univ. British Olympiad Officeへ送り採点．トップから，20人：金賞，50人：銀賞，125人：銅賞，150人：ニッケル賞．[step 3] 金賞20人に対し最終テスト．実験問題3.5時間，高度な理論問題1時間．最初1，2回はトレーニングをしていなかったが，その後，学校でやっていない分野を週末にtutorial system で補っている（交流、熱力学、光学など）．(2) 米国（初参加時の例） [step 1] 1986年3月，organizerのWilsonから全米の高校物理教員，校長に2万通の手紙を送り，IPhO についてアナウンス．各校１人の推薦を求めた．[step 2] multiple choice test question 40問，open response problem 2問を応募者の学校に送って解かせる．[step 3] 上位50人にwritten testで23人を選ぶ．ここまではorganizer とAAPTの協力作業．トレーニング10日間（於メリーランド大学）．[step 4] トレーニングの最後に最終テストをして5人選ぶ（第１回のトレーニングは，相当時間，過去の問題を解くことと光学など未履修分野の集中的講義が主だった）．(3) 中国 [step 1] MSPC ( Middle School Physics Competition )．[step 2] MSPC 成績優秀者が National Competition Committee の理論と実験のテストを受ける（20年前で数万人）．[step 3] 上位100人に理論と実験のテスト．[step 4] 最終の上位15人を選ぶ。トレーニングを約2ヶ月．[step 5] 5人を選ぶ．いずれも，Chinese Physical Society及び地方支部の関与が大きい．◇米国における参加決定までの論議（Physics Today, Sep. 1986に詳しい）：1980年代初頭までの空気―▼どうせヨーロッパやアジアがやっていること．米国は無関係．▼シラバスが違う．米国には馴染まない．▼IPhO を意識して高校や大学の一般教育の物理教育がゆがめられる．▼5，6人の生徒がトレーニングを受けて，いい成績をとったからといってどうなるのだ，等々．1985年ユーゴスラヴィア大会にAIPがobserverを2名派遣（大学，高校教員各1名）．報告会後 APS は特別委員会で検討．AAPTもバックアップ．1986年の参加決定．1993年ホスト国となる（Chair：L.Lederman，Executive Director：A.Eisenkraft，公式名：A Project of the AAPT assisted by AIP．詳しくはPhysics Today, Sep. 1993を参照）．

最後に，次のように締めくくられた：参加か，光栄ある孤立か，どちらに決めるのも難しさは同じ．光栄ある孤立を選ぶならば，世界中の公式，非公式いずれの場でも理由を問われたときに，誰もが納得する答えを用意すべし．参加と決めたら，応用物理学会，日本物理教育学会，日本物理学会が大同団結して，不可能を可能にする気概を持って腹をくくるべし．それが物理教育に新鮮な活力を与えるであろう．財政，選抜作業，トレーニング，ホスト，問題作成，対外折衝などどれひとつとっても難しいことばかりであるが，少し気持ちを楽にもって，歩きながら考えるというのはどうであろう．即効を期待してはいけない．20年，30年かかって，IPhOが日本の高校物理教育の中で特別視されることがなくなる日を期待しよう．今や参加の決心をする時ではないか．複眼的にものごとを見ること，IPhOへの参加が新しいbreak throughをもたらすことを期待する．

討論では，参加か光栄ある孤立かを選ぶ時期に対して「おそらく，遅きに失している」，全ての高校が賛成してから参加を決めるという必要はないのではないか，もし参加するという高校が少数でも，まずその人たちが参加していいのではないか，というコメントや意見が出された．また，PhOは都会にない高校の生徒たちをencourageすることができるのではないかという意見も出された．

　６．物理オリンピックと物理教育では，まず，使用言語が，はじめロシア語と英語だけだったのが，西側に広まってきて，フランス語，スペイン語，ドイツ語が公用語の中に含められるようになったことが述べられた．また，1980年代中ごろ（米国は参加を決定，中国はobserverを派遣），IPhOに日本が参加するかどうかの検討があったが，問題の内容が日本の高校の内容・程度と大きくかけ離れていること，主催国として350人からの参加者全員がそれぞれ独立に実験できる場所や設備を準備できそうにないこと，IPhO会場で問題を公用語から日本語に翻訳することの困難さなどが要因で，結局参加を見送り，予算の検討までにはいかなかったことが報告された．その上で，IPhOは，参加する人にだけ意義があるのではなく，それを応援する高校生や一般の人たちにも意義があり，励みになることが望ましい，この辺が解決すれば，参加の機運は自ずと高まり発展し継続するだろう，とコメントがあった．

討論では，「科学の祭典」が取り上げられ，初めから全く関心がないではいけない，最初に少しでも関心があれば徐々に広まって行くだろう， PhOの難しい問題の考え方を「おもしろい」と伝えられれば意義があるのではないか，参加する人だけを特訓するよりも，個々の能力を引き出すための努力を広範囲にする方が教育的で効率的ではないか，といった意見やコメントがあった．畑中氏から，「高校化学グランプリには試験を受けること自体が楽しいという人が多く集まってくる．アンケートをとると，『難しかったけれども楽しかった』というのがほとんど．彼らは学校で教えていないことに興味を持っている．ある小学校の先生のアンケートによると，小学校の低学年から高学年に行くに従って，『難しいこと，わからないことが楽しくなる』というのが子供の意見らしい．難しいからといって教えないでいるとおもしろくなくなる．難しいことを，わからないなりに『こういうことだ』と教えてやることが大切なのでは」というコメントがあったが，たいへん示唆に富むものであった．

　７．総合討論では，増子寛氏（麻布中･高校）^＊，田中忠芳（鹿児島高等予備校），滝川洋二氏（ICU高校）^＊によるコメントが，討論に先立ってそれぞれ行われた．

増子氏は，物理教育の振興，理科の基礎教育へのてこ入れを優先すべきとした上で，はじめは限られた学校が対象になるかもしれない，土曜日の利用などを考えると不可能ではないだろうとしながらも，努力のし甲斐があるかどうかについて疑問を投げかけた．また，PhOで優秀な成績をとる生徒を物理学科は必要とするか，PhOを実際に担っていく人材を発掘する必要性などを指摘した後，基礎教育が充実していく方向に，問題の作り方や選考の仕方を工夫するべきだとする提言があった．

田中からは，1998－2000年に行われた「物理コンテスト」(http://www.synapse.ne.jp/science/physcon.htm)の紹介とその参加者のようすについて報告が行われた．その概要は以下のとおり：参加者は高卒の予備校生で，毎回10名足らず．IPhOの理論問題は難しいながらも参加者には大変好評だったのに対し，理論問題に大学入試問題を利用すると「つまらない」と不評だった．実験問題は，当日くじ引きをして2－3人のグループを決め，グループで相談しながら実験を行う．高校で物理の実験をあまりやっていないらしく，毎回全員がとても熱中して実験に取り組む．参加者の進学先は，医学部，理工系物理系学部，文学部とさまざまで，参加者の中には，「『物理コンテスト』で物理のおもしろさを知った」といい，念願の国立大学物理系学科に進学した女子生徒もいる．どんな生徒でも，それぞれに物理の醍醐味を味わうことができると確信する．

　滝川氏からは，英国滞在中の経験をもとに，1980年代後半にはPhOに参加しても意義はないと思っていたが，ケンブリッジ大学の先生から，「日本は参加して上に行くことを考えているからだめだ．やりたい生徒が参加することに意義がある」と言われ，そうだと思ったことが述べられた．また，1991年から日本物理教育学会が「科学の祭典」を始め，2001年度には全国80ヵ所で参加者約40万人という大きな動きになっていることにふれ，｢科学の祭典｣では科学に興味を持たせることはできるが，興味を持った子が全くフォローされていないのが現状であり，PhOへの取組みは，興味を持った子が先に進んでいくための1つのプログラムにはなるだろう，との指摘があった．さらに，英国の教育をみて非常に危機感を持ったことについて述べられた．イングランドでは，日本よりも2年間義務教育の期間は長いが，95％の子供が1,200時間以上勉強していること（日本は640時間），理科は英語・数学と並んで中核教科に据えられていること，中学の最終学年で行われるGCSEという卒業資格試験には実験のレポートが入っており，この成績が高校入試や大学入試に使われること，などが報告された．英国物理学会が作ったAdvancing Physicsの例を挙げて，記憶型詰め込み型の日本のカリキュラムを先進国の標準の形に変えて行く必要があるとの提言があった．

　コメント終了後，総合討論に入り，以下のような意見が出された：○科学技術予算の1割が教育に投入される．Super Science High School構想が実現．Science Partnership Program（大学の教官や研究者が中学・高校に出前授業や指導に赴く）に予算がついた．○3Dなどのvirtualなものと実験などのrealなものへの予算配分がアンバランスであり，PhOのように実験を重視した国際的な取組みに対しては大きな予算投入が必要である．○各国ともPhO代表を選抜する際，1次選抜の試験では学校教育のレヴェルで行っていて，PhOは基礎の教育にも影響のある仕事である．PhOの問題が難しいと強調されすぎている．○選抜のはじめの段階は一般的な教育に役立つ．子供たちは学校とは違ったことをやってみようという興味や意欲をかなり持っており，PhOはそれを引き出す契機になると思う．○「科学の祭典」は「科学がたのしい」ことを普及することに役立つが，PhOは「物理は難しいからおもしろい」ことを高校生に知らせることができる．難しいから敬遠するのではなく，難しいからチャレンジする．チャレンジすることがおもしろい．物理に限らず学問の本質はそこにある．PhOはそういう精神を広めるのに意義があると思う．○少数でもできるところから始めて，是非参加するべきだと思う．○できる人たちの芽を摘んでしまってはいけない．○PhO参加は人員の確保にかかっている．○基礎を大切にする一方で，意欲のある子供を援助するシステムを作っていく必要がある．

　総合討論の後，両会場の司会者から，この議論を踏まえて3学会でPhOへの対処を検討するワーキンググループを作ってはどうかという提案が出された．両会場の参加者からは，それに対する理解が示された．

おわりに

シンポジウム終了後，両会場の参加者にアンケート記入にご協力いただいたが，参加者のほとんどが，｢物理オリンピックに参加すべきである｣という意見であった．3学会でPhOへの対処を検討するワーキンググループを作ることが提案されたことを受けて，3学会で，PhOへの取り組みについて具体的に検討するワーキンググループが組織され，数多くの検討の機会が持たれることを切に希望する．日本の物理教育・科学教育の現状を踏まえた適切な判断がなされ，それをもとに，3学会を中心により多くの協力が得られていくことを願ってやまない．

なお，今回の共同企画シンポジウムは，高速デジタル回線を使用しての初めての試みであった．両会場の現地実行委員会をはじめとする関係諸氏には，準備段階から多大なご協力ならびにご尽力をいただいた．ここに衷心より感謝の意を表したい．