物理教育シンポジウム

プログラムの内容（^＊は東海大会場）

１．イントロダクトリートーク

毛塚博史（東京工科大工）^＊

２．第2回アジア物理オリンピック視察報告

伊藤良一（明治大理工）^＊

３．物理オリンピック参加へのコメント

江沢　洋（学習院大理）

４．国際化学オリンピックへの取り組み

畑中研一（東大生産研）^＊

５．国際物理オリンピックと物理教育

小林澈郎（福井工大工）

６．物理オリンピックと物理教育

霜田光一（日本物理教育学会会長）

７．総合討論

講演ならびに討論の概要

１．では，今回の共同企画シンポジウムを開催するに至った経緯が紹介され，趣旨が説明された。

２．では，伊藤氏が（江沢氏とともに）2001年4月22日から5月1日まで台北で行われた第2回アジア物理オリンピックにobserverとして参加されたことを踏まえ，アジア物理オリンピック Asian Physics Olympiad (以下APhO)および国際物理オリンピック International Physics Olympiad (以下IPhO)の定款やシラバスについて詳しい紹介があった。「物理オリンピック（以下PhO）は，次世代を担う若者の育成，物理教育に携わる人たちの国際的な交流の推進を目的としている」とコメント。IPhO関連のWeb Siteでは，問題や解答など，詳細な情報を公開している（http://www.geocities.com/links2ipho/を参照）。討論では，PhO参加者のレヴェルと選抜・訓練の問題，PhO参加が日本の教育に与える影響・意義について意見が交わされた。

　３．では，IPhOのシラバス（抜粋）紹介の後，参加の意義として，「国際的なつきあい，近所づきあい」，「日本の教育を世界の風にあてる」，「若者に目標を与える。都会だけでなく田舎の生徒にもよい刺激になる」などがあげられた。諸外国は選考ならびに訓練をどうしているかについて，オーストラリア，中国，台湾，ポーランド，シンガポール，タイの例が報告された。日本が参加を考える場合の問題として，資金，マン・パワー，日本の物理教育が歪められる可能性，が取りあげられた。資金については諸外国の例も示され，詳しい試算があった。討論では，参加するしないにかかわらず決定が急がれること，問題作成や実験準備等への対応，日本物理学会・日本物理教育学会・応用物理学会の3学会協力の可能性，IPhOで優秀な成績をおさめた生徒の進路などについて，意見・情報交換が行われた。

　４．では，まず国際化学オリンピックについて紹介があり，これまで日本が不参加の理由として，出題問題の難しさ，開催時期が7月であること，経費の問題があげられ，それらについて説明があった。その上で，日本化学会・化学教育協議会・｢夢・化学―21委員会｣が共催で行っている「全国高校化学グランプリ」（国際化学オリンピックの国内予選としての位置付け）について詳しい説明があった。このような取組みに対する全国的な認知の重要性についても触れられた。国際化学オリンピックに，2002年（オランダ）observer派遣予定，2003年（ギリシャ）国際化学オリンピックに正式参加予定で，2002年の「全国高校化学グランプリ」は，2003年に正式参加することを明示したポスターを作成し，1・2年生に呼びかけるとのこと。討論では，高校生の定期試験の問題，高校科学グランプリ参加者の全国分布と新聞報道，問題のレヴェル，「化学と教育」と「高校化学グランプリ」の委員会との協力関係について質疑応答があった。

　５．では，IPhOの歴史，規約，実施方法，問題，採点・賞，シラバスについての詳しい説明の後，代表の選び方やトレーニングについて，英国，米国（初参加時），中国の例が紹介された。特に，米国における参加決定までの論議（Physics Today, Sep. 1986に詳しい）は，大変参考になる。「どちらに決めるのも難しさは同じ。光栄ある孤立を選ぶならば，世界中の公式，非公式いずれの場でも理由を問われたときに，誰もが納得する答えを用意すべし。参加と決めたら，応物学会，物理教育学会，物理学会が大同団結して，不可能を可能にする気概を持って腹をくくるべし。それが物理教育に新鮮な活力を与えるであろう」，「複眼的にものごとを見ること，IPhOへの参加が新しいbreak throughをもたらすことを期待する」と締めくくられた。討論では，判断するにおいて，ゆっくりとした気分と世界の大勢をよく見ることを忘れてはいけないこと，参加か光栄ある孤立かを選ぶ時期は「おそらく遅きに失している」こと，まず少数から始めてみるという考え方，都会にない高校生たちをencourageすることの可能性などが議論された。

６．では，IPhOの使用言語について触れられた後，1980年代中ごろに日本参加について検討し（その頃，米国は参加を決めており，中国はobserverを派遣していた），問題内容や実験準備の問題などについて議論があり，「参加者全員がそれぞれ独立に実験できる場所や設備を準備できそうにない」，「是非やりたいという先生がいなかった」，「 IPhO会場で問題を公用語から日本語に翻訳することの困難さ」，「問題自身の難解さ」などが要因で，結局参加を見送ったことが報告された。予算の検討までにはいかなかったとのこと。討論では，「科学の祭典」が東京の1箇所から始まり今では全国的に盛大になったこと，個々の能力を引き出すための努力などについて，情報や意見が交換された。「化学グランプリ参加者のほとんどが『難しかったけれども楽しかった』という感想を述べている」，「難しいからといって教えないでいるとおもしろくなくなる，難しいことをわからないなりに，こういうことだと教えてやることが大切なのでは」というコメントは，とても印象的であった。

　７．総合討論では，増子寛氏（麻布中・高校）^＊，田中忠芳（鹿児島高等予備校），滝川洋二氏（ICU高校）^＊によるコメントが，討論に先立ってそれぞれ行われた。

増子氏は，物理教育の振興，理科の基礎教育へのてこ入れを優先すべきとした上で，はじめは限られた学校が対象になるかもしれない，土曜日の利用などを考えると不可能ではないだろうとしながらも，努力のし甲斐があるかどうかについて疑問を投げかけた。また，PhOで優秀な成績をとる生徒を物理学科は必要とするか，PhOを実際に担っていく人材を発掘する必要性などを指摘した後，基礎教育が充実していく方向に，問題の作り方や選考の仕方を工夫するべきだとする提言があった。

田中からは，1998-2000年に行われた「物理コンテスト」(http://www.synapse.ne.jp/science/physcon.htm)の紹介とその参加者のようすについて報告が行われた。その概要は以下のとおり：参加者は高卒の予備校生で，毎回10名足らず。IPhOの理論問題は難しいながらも参加者には大変好評だったのに対し，理論問題に大学入試問題を利用すると「つまらない」と不評だった。実験問題は，当日くじ引きをして2-3人のグループを決め，グループで相談しながら実験を行う。高校で物理の実験をあまりやっていないらしく，毎回全員がとても熱中して実験に取り組む。参加者の進学先は，医学部，理工系物理系学部，文学部とさまざまで，参加者の中には，「『物理コンテスト』で物理のおもしろさを知った」といい，念願の国立大学物理学科に進学した女子生徒もいる。どんな生徒でも，それぞれに物理の醍醐味を味わうことができると思う。

　滝川氏からは，英国滞在中の経験をもとに，1980年代後半にはPhOに参加しても意義はないと思っていたが，ケンブリッジ大学の先生から「日本は参加して上に行くことを考えているからだめだ。やりたい生徒が参加することに意義がある」と言われ，そうだと思ったことが述べられた。また，1991年から日本物理教育学会が「科学の祭典」を始め，2001年度には全国80ヵ所で参加者約40万人という大きな動きになっていることが報告された。｢科学の祭典｣では科学に興味を持たせることはできるが，興味を持った子が全くフォローされていないのが現状であり，PhOへの取組みは，興味を持った子が先に進んでいくための1つのプログラムにはなるだろう，との指摘があった。さらに，英国の教育をみて非常に危機感を持ったことについて述べられた。イングランドでは，日本よりも2年間義務教育の期間は長いが，95％の子供が1,200時間以上勉強していること（日本は640時間），理科は英語・数学と並んで中核教科に据えられていること，中学の最終学年で行われるGCSEという卒業資格試験には実験のレポートが入っており，この成績が高校入試や大学入試に使われること，などが報告された。英国物理学会が作ったAdvancing Physicsの例を挙げて，記憶型詰め込み型の日本のカリキュラムを先進国の標準の形に変えて行く必要があるとの提言があった。

　各コメント終了後，総合討論に入り，以下のような意見が出された：○科学技術予算の1割が教育に投入される。Super Science High School構想が実現。Science Partnership Program（大学の教官や研究者が中学・高校に出前授業や指導に赴く）に予算がついた。○3Dなどのvirtualなものと実験などのrealなものへの予算配分がアンバランスであり，PhOのように実験を重視した国際的な取組みに対しては大きな予算投入が必要である。○各国ともPhO代表を選抜する際，1次選抜の試験では学校教育のレヴェルで行っていて，PhOは基礎の教育にも影響のある仕事である。また，PhOの問題が難しいと強調されすぎている。○選抜のはじめの段階は一般的な教育に役立つ。子供たちは学校とは違ったことをやってみようという興味や意欲をかなり持っており，PhOはそれを引き出す契機になると思う。○「科学の祭典」は「科学がたのしい」ことを普及することに役立つが，PhOは「物理は難しいからおもしろい」ことを高校生に知らせることができる。難しいから敬遠するのではなく，難しいからチャレンジする。チャレンジすることがおもしろい。物理に限らず学問の本質はそこにある。PhOはそういう精神を広めるのに意義がある。○少数でもできるところから始めて，是非参加するべきだ。○できる人たちの芽を摘んでしまってはいけない。○PhO参加は人員の確保にかかっている。○基礎を大切にする一方で，意欲のある子供を援助するシステムを作っていく必要がある。

　総合討論の後，両会場の司会者から，この議論を踏まえて3学会でPhOへの対処を検討するワーキンググループを作ってはどうかという提案が出された。両会場の参加者からは，それに対する理解が示された。

おわりに

3学会でPhOへの対処を検討するワーキンググループを作ることが提案が出されたことを受けて，3学会で，PhOへの取り組みについて具体的に検討するワーキンググループが組織され，数多くの検討の機会が持たれることを切に希望する。日本の物理教育・科学教育の現状を踏まえた適切な判断がなされ，それをもとに，3学会を中心により多くの協力が得られていくことを願ってやまない。

また，シンポジウム終了後，両会場の参加者にアンケート記入にご協力いただいた。この集計結果等については，追って詳細が報告される予定であるが，参加者のほとんどが，｢物理オリンピックに参加すべきである｣という意見であった。

最後になったが，今回の共同企画シンポジウムは，高速デジタル回線を使用しての初めての試みであった。両会場の現地実行委員会をはじめとする関係諸氏には，準備段階から多大なご協力ならびにご尽力をいただいた。ここに衷心より感謝の意を表したい。

日本物理教育学会誌「物理教育」第50巻第4号 (2002) pp.274-276.