2001年 日本教育工学会 第17回大会 講演論文集 K1p12-01,
pp.33,34.
リメディアル高校物理講義におけるマルチメディアの活用
Practical Use of Multimedia at Lectures on
Physics in High School for Remedial Education
田中忠芳
Tadayoshi TANAKA
鹿児島高等予備校
Kagoshima Advanced Preparatory School
<あらまし> 大学基礎教育におけるリメディアル教育の必要性・重要性が高まっている.なかでも高校物理未履修者に対する高校物理からのリメディアル教育は,様々な難しさを含んでいるが,従来からの黒板中心の講義の中でマルチメディアを利用した教材を適切に用いることで,学習者に対して今まで以上に強い動機付けを与えることができ,より効果的に履修内容を定着させることができると期待される.リメディアル高校物理講義におけるマルチメディア利用上の工夫およびその効果,さらに講義のWeb上での公開へ向けての取組みについて報告する.
<キーワード> リメディアル教育 物理教育
マルチメディア 学習コミュニティ WBT
1.はじめに
新教育課程になり高校理科が選択になって以来,高校で「物理」を履修しないまま理工系および医歯薬系の学部・学科に進学する学生が増加した.その結果,大学進学後に高校物理の内容に関して学生に対するリメディアル教育の必要性・重要性が高まっている.
筆者が所属する予備校では,新課程になってから,高校で「物理」を履修しなかった生徒で,中学校理科以来はじめて「物理」を履修するという者が,毎年必ず少なからず存在する.また,高校時代に十分理解できなかった「物理」を,あらためて一から学び直したいという生徒も多い。このことを受けて,自然科学の基礎である「物理」を履修しないまま理工系学部・学科に進学することへの危惧と,公式を丸暗記してそれらに当てはめることが「物理」だと思っている生徒があまりにも多いことはゆゆしき事であるという認識から,従来の黒板中心の講義とマルチメディアとの「適切な融合」を目指して,大学基礎教育におけるリメディアル物理教育をも想定した講義を,1998年度以降行ってきている[1].
本報では,このリメディアル高校物理講義におけるマルチメディア利用上の工夫およびその効果,さらに講義のWeb上での公開へ向けての取組みについて報告する.
2.講義の構成および内容
大学進学を目指す浪人生のために,筆者が所属する予備校において行われている「物理」の講義内容は,以下のとおりである:力学…速度と加速度/放物運動/力のつり合い/剛体のつり合い/運動の法則/仕事とエネルギー保存則/力積と運動量保存則/慣性力/円運動/単振動/万有引力,熱…気体の法則/気体の比熱/熱力学の第1法則,波動…波の性質/波の反射/定常波/弦の振動/気柱の振動/ドップラー効果/波の伝わり方/反射・屈折の法則/波の干渉,原子…電磁界中での荷電粒子の運動/粒子性と波動性/原子構造/原子核,電磁気…電界(電場)/電位/電気容量/コンデンサー回路/電流とオームの法則/キルヒホッフの法則/電流と磁界(磁場)/電磁誘導/交流回路.
上記内容を,毎年4月〜7月,1コマ90分で週3コマ,全12週で講義を行う.講義と並行して,内容の定着を図るために講義内容に沿った演習問題を添削指導するという方法をとる.また「公式の丸暗記」を避けるために,実写映像,実験映像,教室でできる簡単な演示実験,コンピュータによる動画などを,従来の黒板講義に有機的に組み込み,できるだけ実際の現象を踏まえるように工夫している.その一方で,場合によっては大学1年生レベルまでの物理学や微分・積分を用いて公式の導出をすることで,その公式の理解を深めることをも目指している.
3.マルチメディア利用上の工夫
講義を行う教室で,講義中に実際の現象を見られるのが理想であるが,必ずしもそうはいかない.そこで,教室で簡単にできるものは演示実験を行い,そうでないものについては,あらかじめ撮影して編集を加えた実写映像や実験映像を必要に応じて講義に差し込む,また,モデル化した理想的な条件下での運動や現象をコンピュータ動画で表して視覚的に確認する.このためにマルチメディアの利用を考えたが,黒板講義に必要に応じて付け加える程度にし,マルチメディアの利用は必要最小限にとどめている.それは,実際の現象を観察した上で,自分で鉛筆をもって紙の上に作図しながら現象を考えることを通して,現象のより深い理解が得られると考えられるためである.
4.成績の推移と考察
クラス編成のために,4月と7月の年2回行われている「基礎力診断テスト」の成績をもとに,講義の前後での成績(校内SS)の推移を,1998〜2000年の3ヵ年にわたって調べた.4月の成績(#1SS)に対する7月の成績の増減(#2SS−#1SS)をFig.に示す.通常,4月の成績(#1SS)がSS47.5以上とSS47.5未満で大まかに2クラスに分けた上で,本人の希望等によりクラスの移動を認めている.図中,αはSS47.5以上の,βはSS47.5未満の各クラスの生徒を表す.αクラスは問題演習中心に黒板講義を行い(週2コマ),βクラスは前述の工夫をして講義を行った(週3コマ).テキストも担当講師も異なるので単純な比較は出来ないが,βクラスで,実際の現象を踏まえた学習の動機付けが,学習意欲持続につながり,成績向上にもつながった比率が高いといえる.より深い思考力や独創的な発想を培うためには,実際の現象を観察した上で,じっくりとその現象について考察することが不可欠であると思われる.
5.Web上での講義内容公開へ向けて
現在,WBT教育に代表されるe-Learningが注目を集めている[2]. 2000年度の講義を,Web上での公開へ向けて現在編集中である. e-Learningを展開していく際に,学習効果を上げるために学習コミュニティをどのように形成するのが最も適切であるかについては,今後のより詳しい研究に待たれるところであるが,教材を作成してそれを単に配布するだけでは十分でなく,教材と学習者との間に指導者が適切に関ることが必要であると考えられる.このことを踏まえ,学習コミュニティまでを考慮した教材開発を進めている.
6.まとめ
大学基礎教育におけるリメディアル教育の必要性・重要性が高まるなか,リメディアル高校物理講義におけるマルチメディア利用上の工夫およびその効果について検討を加えた.また,学習コミュニティまでを考慮した教材開発を進めている.
7.文 献
[1]田中,日本物理学会講演概要集 第53巻第2号第4分冊(1998),p.989.
[2]「eラーニング白書2001/2002年版」,先進学習基盤協議会編著,オーム社(2001).
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